POTS 簡略版 | POTS 体位性頻脈症候群 はじめに | POTS 病態と治療 | POTSと頭痛 |
POTS -brain fog- | POTS 日常生活 -check point- |
POTS 簡単にまとめてみます。
①起立すると頻脈を起こす。血圧は下がらない。
②当院の頭痛外来では、中学生・高校生の男性に多い。
(一般的な報告の若年女性に多いとは、異なります)
片頭痛の既往は100%です。
③朝に調子が悪い、起きれない。朝の頭痛やふらつき。
午後から、夕方から調子が良くなる。そのために、他人に怠けていると思われることもあります。
重症タイプの患者様が当院を受診することが多い。
④誘因:ないものもある。外傷、ウィルス感染、下痢、脱水・・・・
⑤MRIなどの画像では有意な所見はない。
⑥治療?
⑦生命予後は良好。しかし、発症時期が、進級、進学に関わる頃が多い。
⑧何故?
何故、この病気が起こる? 何故、朝、起きれない? ????
頭痛外来を始めて、頭痛を起こす病気はたくさんあると驚かされます。
2012年に、体位性頻脈症候群(POTS)に伴う頭痛の患者様がはじめてみえました。
POTSの頭痛には、NSAIDsなど鎮痛剤がほとんど効かないのです。
当科には、起立性頭痛や片頭痛を訴える方が小児科から紹介されることあり、小学高学年から高校生くらいまで患者様も受診されます。
片頭痛や起立性頭痛と考え、診断・治療していくと、どこか違います。
(起立性調節障害のHPの紹介)
私にとって全く未知の疾患でした。ネットで調べてみると、大阪医科大学の田中英高先生が企画・監修されている起立性調節障害のHPに詳しく記載されていました。小児心身医学会という学会があり、起立性調節障害のガイドラインが出版されています。テキストとして、小児心身医学会ガイドライン集(南江堂)、起立性調節障害(中山書店)などがあります。わかりやすいのは、田中英高先生が企画・監修されたHPだと思います。
田中先生のHPや上記テキストを参考にPOTSについて簡単に紹介したいと思います。
POTSは、起立性調節障害(OD)のひとつです。下記のようになります。
起立性調節障害(OD)のサブタイプ
①起立直後性低血圧
②体位性頻脈症候群
③神経調節性失神
④遷延性起立性低血圧
起立性調節障害の患者様には、朝に起きれない、立ちくらみ、全身倦怠感、食欲不振、立っていると気分が悪くなる、失神発作、動悸、頭痛、夜になかなか寝付けない、イライラ感・集中力低下などがあります。
POTSの患者様では、起立時の血圧低下がなく、起立時の頻脈とふらつき、倦怠感、頭痛などの症状がみられます。起立時の心拍数115以上、起立中の平均心拍数が35以上増加するとPOTSと診断されますが、診断基準はいくつかあります。
POTSに伴う頭痛の治療は、極めて困難です。
体位性頻脈症候群 (POTS)による頭痛の診断・治療に苦慮しています。
POTSの最近のレビューの文献が3件あります。いずれもメイヨークリニックからの報告ですが、各々の部門が異なり、視点も異なっています。重複する部分も多いので、三つを一つにまとめて紹介します。
【はじめに】
POTSは、公式には1993年にSchondorfとLowらによって報告され、1999年にStewartらによって思春期のPOTSについて報告されています。
成人の診断基準では、起立あるいはHead-up tiltで、10分間の間に心拍数が30回/分以上増加するものとされています。血圧低下はなく、心拍数はしばしば120回/分以上となります。12歳―19歳では、心拍数が40回/分以上増加するものとする報告もあります。
日本では、田中先生らは、小児のPOTSの診断基準を心拍数が30回/分以上増加または心拍数が115回/分以上としています。
思春期のPOTSは、思春期、特に成長期の数年間に生じ、病気(感染症など)や外傷を契機に発症することが多いようです。起立によって生じる自律神経系の障害により、通常の日常生活がおくれないという疾患です。
メイヨークリニックでの一般小児科外来で854名の患者のうち、171名がdizziness(めまい・浮遊感)で、そのうち51名が70度head-up tiltで30回/分以上増加するPOTSの診断基準に合致しています。患者全体の6%がこの診断基準を満たす、つまり、この診断基準を満たす患者を多いということです。しかし、POTSの症状は、軽いふらふら感から重症の自律神経障害をきたすまでさまざまです。
【起立における自律神経反応】
起立により、全血液量の25%が下方へシフトすると言われています。これにより心臓への静脈灌流が急速に減少します。これを代償するために一連の機序が作動し、心拍数、収縮期血圧、拡張期血圧が増加します。これらの反応は、頚動脈洞に存在するbaroreceptor、心臓および肺に存在するreceptorの反射を介して交感神経系が賦活化されることによります。
次第に末梢および臓器の血管収縮が惹起され、臓器への血流が保たれるようになります。この結果、静脈灌流が増加し心拍数や血圧が正常化します。
POTSではこの生理的代償反応に異常をきたしているものと考えられています。
POTSでは、起立により生じた静脈灌流の減少の回復が十分でなく、心臓への静脈灌流の欠乏を代償するために心拍数の増加が持続します。
起立時に血圧は低下しませんが、脳血流量は下がるということが確認されています。
【臨床症状】
臨床症状は小児科からの報告(Johnson JNらの報告)を中心にまとめ、Benarroch EE とLow PAらの報告、主に成人での報告を補填します。
思春期のPOTSは、思春期の特に成長期の数年間に発症します。彼らは、学業の成績の良い人、学校や学外でよい成績を修めている人に多いようだと指摘しています。
思春期のPOTSでは、典型的にはウイルス感染、外傷がきっかけとなります。多くの患者が発症のきっかけとなった病態の月日と性状を認識しています。実際には、その時から、調子がよくないなと感じています。
これらのきっかけがどうして自律神経系に関与するのかは不明です。正常のホメオスターシスが失われ、普通の姿位や環境の変化に対応することが困難になり、次第に悪化していきます。しかし、個々のバリエーションがあり、個々に対応することが必要になります。
臨床症状には、(1)頻脈・動悸、(2)頭痛、(3)脱力、(4)運動不耐、(5)嘔気、(6)腹部不快感、(7)疲労、(8)不安、(9)不適当な発汗、(10)ふらふら感・めまい(浮遊感)、(11)失神に近い感じ、(12)浮腫などがあげられています。
彼らの施設では、めまい(浮遊感)74%、疲労65%、慢性疼痛88%(慢性頭痛69% 慢性腹痛39%)です。POTSでは慢性疲労や不眠を伴うことが多いようです。
次にBenarroch EEらの報告、Low PAらの報告から症状について紹介します。これは成人例を主体とした報告です。
POTSによる症状は、脳の低灌流(brain hypoperfusion)による症状と、交感神経の過剰な反応(sympathetic overaction)による症状です。脳の低灌流による症状としては、ふらふら感、眼がぼやける、認知障害、全身倦怠感があります。一方、交感神経の過剰な反応による症状には、動悸(頻脈)、胸部不快感(胸痛)、震えなどがあります。
Low PAらは、起立性症候と非起立性症候、その他の症候にわけて下記のように呈示しています。
Jhonson JNらは、頭痛を2番目に紹介しています(慢性頭痛の頻度は69%)が、Low PAらの報告では28%にすぎません。思春期のPOTSでは頭痛の頻度が高いようです。これらの3件のreview論文では頭痛についてはあまり詳細には記載されていません。
Benarroch EEらは、共存症として腹痛、慢性疲労、不眠、頭痛をあげています。つまり、厳密な意味ではPOTSによる症状とは捉えていないようです。頭痛について、下記のように記載しています。
片頭痛を含め、慢性頭痛は、POTSのよくみられる共存症です。低髄液圧や髄液漏出がなくても、POTSでは、起立性の頭痛がよくみられます。POTSと起立性頭痛の関係は不明とされています。容量を増量するPOTSの治療を施行しても、効果はあまりありません。→これは、以前に紹介したMokri先生の論文が引用されています。
【検査】
検査については、Benarroch EEの論文から引用します。
【病態生理】
POTSを分類しようとする試みがあります。Thiebenによると成人例のPOTSについて3つに分類しています。
第一は、最も多いhypovolemic(低容量)POTSです。24時間の尿中Na排出が100mEq以下で定義されます。このタイプは、水分、塩分の補充や運動療法に反応しやすいという特徴があります。第二は、高アドレナリンhyperadrenergic(高アドレナリン) POTSです。起立後のノルエピネフリンが600pg/mL以上となります。第三は、autoimmune (自己免疫)POTSです。Ganglionic acethlcholine receptorに対する抗体が存在します。
思春期のPOTS分類として、腓腹の血流を元に、high-flow、normal flow、low flowに分類しているものもあります。
Benarroch EEらが、POTSの病態生理について、起立→静脈灌流の低下→その代償機構として頻脈という機序に加えて、もっと幅広く考察しています。
前述したように、彼らは、腹痛、慢性疲労、不眠、頭痛を共存症として考えており、厳密な意味でPOTSによる症状とは捉えてはいないようです。
脈拍を適切にコントロールしても起立性の症候が存在すること、起立性症候以外に多数の非起立性の症候が存在することから、内臓感覚(心血管系を含めた)情報のプロセスの障害、conditoning、behavioral amplificationが、POTSに重要な役割を果たしていると考えています。
内臓感覚、aversive conditioning、behavioral arousal、 stress response、pain processing & modulationなどの回路がPOTSの症候に関与しています。
このネットワークで鍵となる部分は、brainstem sensory relay nucleus、amygdala、insular、anterior cingulate cortex、hypothalamus(paraventricular nucleus & lateral hypothalamic area)、PAG、medullary raphe、ventrolateral medullaです。
内臓感覚の受容器(心血管系、消化器系、尿路系を含めて)からの情報、そして内臓および体性の侵害受容器からの情報は、脊髄後角、孤束核、そして橋のparabrachial(傍腕核)を経て、このネットワークに入力されます。体内の恒常性をつかさどるこれらの情報は、baroreflex、vestibulosympathetic reflexを含めて延髄に統合されます。baroreflex、vestibulosympathetic reflexは、起立によるストレスから惹起され、吻側延髄腹外側部rostal ventrolateral medulla(RVLM)の交感神経系興奮ニューロンに到達します。
これらの情報は、直接的にあるいは視床を介して、前頭野(forebrain area)すなわち、視床下部、扁桃体、島皮質、前部帯状回皮質に伝えられます。これらすべての部位が相互に関係しRVLMを介して心血管系の交感神経をコントロールします。扁桃体は感情のバランスに、島皮質は内臓感覚に、前部帯状回皮質は行動に関係していると考えられています。これらの部位は視床下部や中脳水道周囲灰白質と連結します。視床下部や中脳水道周囲灰白質は自律神経、痛みを調整します。
島皮質、帯状回。前頭前野は、疼痛や内臓感覚にも関与します。さらに、扁桃体、帯状回、前頭前野は不安やうつにも関与します。よって、POTSには、内臓痛、動けない、慢性疲労、不眠など共存症が存在すると考えられます。
彼らのシェーマを示します。(尚、色は強調できるように一部変更しています)
赤色のパネルがスタートでしょうか。青の矢印が症状につながるのでしょうか。これらが重要なものであれば、ここを押さえることが治療になるのでしょうか????。
POTSの症状の増悪因子に気温、運動、過食、長期間療養、生理、利尿剤や血管拡張剤の使用などがあります。
【治療】
ここでは、最初にBenarroch EEら考えを列記します。最後にJohnson JNらが記載したシェーマを紹介します。
ⅰ)患者様への説明
患者様および御家族に病態について説明が必要です。
起立性調節障害による症状と、それとは異なる症状について説明。起立性調節障害を惹起する因子や悪化する因子について説明。
下記のような事を避けることが必要です。
(急に起き上がること。長期間、横になること。熱い環境。大量の食事。お酒。血管拡張薬剤。交感神経刺激薬剤など。)
ⅱ)水分及び塩分の摂取
水分と塩分の摂取が必要です。水分は毎日1.5-2Lが必要で、食塩も必要です。加療のカフェインは避けるべきです。多量のカフェインは利尿を促し低容量を悪化させます。
ⅲ)physical countermaneuvers
足をクロスさせたり、椅子の上では前かがみになったりすることは、血圧の維持し脳血流を維持することができます。
ⅳ)support garments
腹部や下肢に血液が貯留する為、腹部のバインダーおよび下肢のストッキングが有効な場合があります。
ⅴ)運動療法
運動療法が有効です。しかし、悪化する場合もあります。少量の運動から始めるのが肝要です。6-8週をかけて徐々に増やしていきます。(エアロビクス、下肢の運動)
ⅵ)薬物療法
a)fludrocortisone(mineralocorticoid)→容量増量
b)ミドドリン(α1-adrenergic agonist)→末梢血管を収縮させ、静脈系のプーリングを減少させる
c)プロプラノロール(βblocker)→頻脈を減じる
d)ピリドスチグミン(cholinesterase inhibitor)
Johnson JNらが考えている治療のシェーマを紹介します。
著者 | タイトル | |
1 | Johnson JN | Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome. Pediatr Neurol 2010;42:77-85 |
2 | Benarroch EE | Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome.Mayo Clin Proc 2012;87:1214-1225 |
3 | Low PA | Postural Orthostatic Tachycardia Syndrome.J Cardiovasc Electrophysiol 2009;20:352-358 |
POTSと頭痛に関する2編の論文を紹介します。
(1)POTSにおける髄液漏出による低髄液圧症候群を伴わない起立性頭痛について
低髄液圧症候群の研究で有名なMokri先生の論文です。
17歳から28歳までの4名の女性についての報告です。彼女らの症状は起立性頭痛(起立すると頭痛がして、横になると頭痛が消失して楽になる)でした。起立性頭痛の原因の多くは、髄液漏出にともなう低髄液圧症候群です。しかし、彼女らには髄液漏出による低髄液圧症候群はなく、全員に自律神経系の検査でPOTSが確認されました。POTSの治療には、容量の増量が比較的効果があったと述べています。
⇒2003年の論文です。当時は世界中(日本中)が起立性頭痛=低髄液圧症候群と考えられつつあり、これに警鐘をならし、起立性頭痛の原因としてPOTSにも留意すべきであると述べた論文です。
(2)POTSにおける起立性頭痛と非起立性頭痛について
Mokri先生の論文の7年後の2010年のKhurana先生らの論文です。24名のPOTSの患者の頭痛について検討しています。24名の患者のうち、起立性頭痛がみられたのは14名(58.3%)で、非起立性頭痛は23名(95.8%)にみられています。しかもその非起立性頭痛は、全て片頭痛だったということです。
起立性頭痛は、30歳以下の場合ではより顕著になると述べています。
⇒POTSの患者様では、①ほぼ全例に片頭痛を有する、②約2/3に起立性頭痛を認める、ということを紹介しています。つまり、POTSを有する患者様の頭痛の治療に当たっては、片頭痛と起立性頭痛の両方を留意する必要があるということを示しています。POTSに悩まれている患者様の頭痛は一筋縄ではいきません。
著者 | タイトル | |
1 | Mokri B | Orthostatic headaches without CSF leak in postural tachycardia syndrome. Neurology 2003;61:980-982 |
2 | Khurana RK, Eisenberg L | Orthostatic and non-orthostatic headache in postural tachycardia syndrome.Cephalalgia 2010;31:409-415 |
"What is brain fog? An evaluation of the symptom in postural tachycardia syndrome" という論文が発表されました。
"brain fog"とは日本では何と訳すのでしょうか、単純に考えると脳霧です。しかし、今風にはブレイン フォッグとされるのではないでしょうか。
体位性頻脈症候群 (POTS)の患者様は、"brain fog"と表現するcognitive impairmentという体調不良をしばしば訴えられます。
"brain fog"という状態は、実際にはどんな状態を指すのでしょうか。日本風に表現するならば、頭に霞がかかったような状態のようです。
この論文では、アンケート調査が行われています。138名の患者内訳は、平均年齢は20.4歳で、女性が88%をしめます。138名のうち136名(96%)が"brain fog"を経験し、しかも93名(67%)が毎日"brain fog"を体験しています。
"brain fog"のさまざまな表現を列記します。
brain fog (脳霧)の表現 | 割合(%) |
忘れっぽい | 91 |
考えがまとまらない | 89 |
集中できない | 88 |
さえない | 88 |
言葉を間違えやすい | 88 |
精神的に疲れる | 86 |
ゆっくり | 86 |
頭が真っ白 | 85 |
さっぱり | 83 |
何を言っているのか理解できない | 80 |
疲れやすい | 80 |
気が散る | 77 |
読んでも理解できない | 75 |
混乱 | 71 |
苛立つ、ウザイ | 70 |
眠い | 69 |
ぼう然とする | 64 |
無関心 | 60 |
思考散乱 | 40 |
次に、"brain fog"の状態になるトリガーを示します。
身体疲労が91%、睡眠不足が90%、ずっと起立していたが87%、脱水が86%などです。
"brain fog"は必ずしも起立した状態ばかりではありません。また、睡眠の質が"brain fog"に影響を与えます。
著者 | タイトル | |
1 | Ross AJ | What is brain fog? An evaluation of the symptom in postural tachycardia syndrome. Clin Auton Res 2013;23:305-311 |
POTS 日常生活の留意事項をあげます。
①水分摂取。
②塩分摂取。
③食事。
④睡眠。
⑤朝、光を浴びる。
⑥運動、歩行15分くらい。
⑦起き上がる時はゆっくり。
⑧気持ちのコントロール。
⑨頑張りすぎない。
⑩夜は10時くらいには休むように心がける。
⑪ゲーム、携帯、メールなどは控える。特に夜間。
⑫薬剤はきちんと服用。