山歩

二百名山奥駈男道
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私の頭痛外来のホームページでは、先に閑話休題のほうをみます、という方が多くいらっしゃいました。
閑話休題は、頭痛診療の本筋ではなく気ままにやっていたので、短期間で載せたり削ったりしています。数日で消去したこともありました。
隠しメニューで、山や花の写真をアップしていました。隠しメニューまで見て頂き、山の説明、花の説明があればいいのにという声をおききすることがありました。頭痛で何かしら思いついたことを思いつくまま、閑話休題に記載していました。山歩のコーナーでは、頭痛に全く関係なく、私の山歩きについてアップしていきたいと思います。

トムラウシ山
2014.012.01

トムラウシ山、はじめて、この文字をみた時、漢字でもないのになんと読めばいいのかわかりませんでした。アイヌ語で花の山だそうです。
トムラウシ、今ではこの響きを耳にしただけで、心トキメキます。函館に勤務していた頃、2度登りました。一度は短縮コースのピストンで、もう一度は縦走です。
大雪山系には何度も足を踏み入れ、最後に、旭岳、白雲岳、忠別岳、化雲岳、トムラウシ山の2泊3日の縦走を行いました。この登山で、登山に対して何かしらの自信をもち、その後、北アルプスの山々へ挑戦を始めました。
【トムラウシ大瀑布】と名付けた写真を撮ったのは、この縦走の時です。大雪山系は、それまで何度登っても、雨や曇りばかりでした。ガスのため、それまで高根ヶ原をみたことはありませんでした。

トムラウシ大瀑布
2007.08.18
高根ヶ原から流れ落ちる雲。
雲が流れ落ちる様子は、ナイアガラ大瀑布を思わせるような迫力がありました。
右手奥にはトムラウシ山

2007年8月17日、朝一番の旭岳ロープウェイで姿見へ到着。旭岳へ。曇り、雨。

旭岳頂上より、雲海に浮かぶ遠きトムラウシ山

旭岳から北海岳を経て白雲岳へ。
この山旅の目標の一つは、秋の訪れを知らせる雲居竜胆です。雲の中にたたずむ竜胆、なんと素敵な名前でしょうか。何度もこの花の写真を撮りの大雪に登りましたが、結局見つけることができませんでした。(雲井竜胆は白雲小屋周辺に群生しているそうです)
雨の中、半日、雲井竜胆の写真を撮り続けました。

クモイリンドウクモイリンドウ

白雲小屋で一泊。夜は20時に就寝しました。
深夜、トイレに起きると晴天で、無数の星空、下をみるとガス。このガスの中はヒグマの棲家です。満天の星空に感動する余裕もなく、背筋がぞっと寒くなりました。寝床に潜りこみ、朝3時に起きて二日目の山行へ。
北海道の夜明けは早い。高根ヶ原が薄明りのなか見えていました。ガスはありません。すると、高根ヶ原の東(右)の方からガスがスーッとあがってきて、あっという間に高根ヶ原を越えて、西(左)の方へ流れていくではありませんか。声を失いました。周りには誰一人いません。小さなsonyのカメラは、雨のために動かなくなっていました。花の撮影用に持参したCanon一眼レフと90mmマクロレンズのみが頼りです。
夢中でシャッターをきり、この写真を撮りました。私の写真の中でタイトルがついているのはこれを含めて数枚のみです。
トムラウシ大瀑布。高根ヶ原から流れ落ちる雲、大雪高原池方向は透見できます。右手奥にはトムラウシ山。

ガスった高根ヶ原は、視界数mです。熊鈴を鳴らしながら歩みをすすめました。ガスの中、白い半円の輪が現れその中を進みました。荘厳な感じです。残念ながら広角レンズではなく全体像は捉えられませんでした。

白い虹白い虹

忠別岳、化雲岳。白雲小屋から瓢沼小屋まで10数キロ、人に会うことは全くありません。
幸せな時間を独り占め。

忠別岳からトムラウシ岳化雲岳の巨大岩

二泊目は瓢沼避難小屋宿泊。3日目は、日本庭園、ロックガーデンを経て、トムラウシ頂上を極め、トムラウシ庭園を降りました。

瓢沼日本庭園
ロックガーデントムラウシ庭園

トムラウシ頂上からは西の方向に十勝岳が眺めることができました

トムラウシ山頂上より十勝岳
振り返ると、左から旭岳、右に白雲岳、中央右に化雲岳

数年後、ほぼ同じコースのガイド登山ツアーで、悲惨な事故が起きました。
北海道・東北の山小屋は、北アルプスの山小屋と全く異なります。シュラフ・食事は自分で担いでこなければなりませんし、水も自分で確保しなければなりません。
厳しい旭岳-トムラウシ縦走コースにチャレンジするには、それなりの経験が必要です。
私は、旭岳、緑岳、黒岳、白雲岳、トムラウシをいろいろな登山口からチャレンジし、最後にこの縦走コースに挑戦しました。
あの事故の翌日、捜索ヘリは、これ以上ない快晴の中を飛んでいました。あと1日、瓢沼の避難小屋で待機していれば。その判断ができれば。合掌。
わかりきっていることですが、山登りで一番大切なのは、やめる力。山は逃げない。

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幌尻岳
2014/12/12

2013年夏、幌尻岳に登りました。
幌尻岳登山には、①糠平川徒渉、②幌尻山荘から幌尻岳の急登、③戸蔦別岳登山と七ツ沼カールの眺望、④戸蔦別岳からの下山と幌尻山荘までの徒渉などの素敵なみどころがたくさんあります。
ルートを紹介します

幌尻岳・戸蔦別岳

1日目は、日高の平取町にある豊糠(とよぬか)山荘に夕方到着し、廃校を利用した施設に泊まります。今回、写真はほとんど撮りません。山の聖地を歩くので、「熊さん、静かに歩くので少しの間、お許しください」という気持ちです。
豊糠(とよぬか)山荘に宿泊したのは、10名弱でした。

                                         
JR北海道で日高へ廃校を利用した宿泊施設
                    

2日目は、朝3時に豊糠(とよぬか)山荘をシャトルバスで出発。山荘に宿泊しシャトルバスに乗り込んだのは私ともう一人だけです。この方は前日に利尻岳に登って、空路(利尻-札幌)を経て豊糠(とよぬか)山荘に到着したそうです。リシリさんと呼ばさせて頂きます。見た感じ、私より5-6歳上だと思います。シャトルバスに乗り込んだのは、その他に4名で計6人です。紹介します。
一人は70歳前後の痩せたご老人、軽装に軽めのザックです(ご老人と尊敬をこめてお呼びします)。シャトルバスは、約1時間で第一ゲートに到着します。午前4時に登山開始、最後の帰りのシャトルバスが17時発です。日帰りで幌尻岳を登って戻ってくるのは、つまり、13時間でこの場所にもどってくるということを意味し、幌尻岳ピストンの日帰りは、一般に健脚とされています。運転手さんはご老人に向かって「戻ってこられますか」と尋ねていました。ご老人は自然体で「はい」と答えていました。このタイプの方は、私の経験では、とてつもなく早い人が多いです。
次は35歳前後の、スポーツマン風の渡辺謙似の精悍な人。canonのカメラを自慢そうに持っています(渡辺謙さんとお呼びします)。
そして、二人の親子です。中学生くらいの男子(彼とお呼びします)と父親(お父さんとお呼びします)、彼はすこし障害があるようです。
それと、50歳を超え人生下り坂、まっしぐらの私、計6名です。
シャトルバスを降りる時に、彼はクマモンの帽子を忘れ、私が彼にそれを届けました。これは、その後の少しのきっかけになったのかもしれません。
シャトルバスを降りて午前4時に第1ゲートをスタート。この場所にツアー以外で来ているわけですから皆さん山の経験が豊富です。私の推測で、脚力、体力、山の力などの評価は、第1位:ご老人(日帰りを宣言されていました)。第2位は、渡辺謙さん。第3位:私。第4位:リシリさん。第5-6位:親子です。

                    
第1ゲートからの林道取水施設

第1ゲートから登山口(取水施設)までは7.5㎞です。少しのアップダウンはありますが、砂利道の林道です。今日はどんなペースでも疲れることはありません、それくらいの入れ込みようです。と、思っていたら、私が先頭でした。そうかなあ、そういえばこんな感じで歩いていると普通は後ろに人はいないかもと思って振り返ると、すぐ後ろに、渡辺謙さん、リシリさんがおられました。やはり、幌尻に来る人は・・・。
ご老人は少し遅れ気味。親子は見えません、帽子を車に忘れたりして、叱られているのかもしれません。
一寸すると、エッ! 彼がスーッと走るように私の前に行き、お父さんも私をすっと追い抜いていきました。「アーあ、彼がお父さんとの登山で喜んで興奮して走っているのかな?」と心配しました。すぐに先の方に見えなくなってしまいました。
私は、いいペースでしっかりと歩いています。ザックは北海道の山小屋泊まり仕様で10㎏を超えています(北アルプスの山小屋は食事や寝具が用意されていますが、北海道や東北の山小屋はほとんど持参です)。今度は、渡辺謙さんが私を追い抜いていきます、私はどんなペースでも大丈夫と思っていたので、ついていきました。振り返るとリシリさんも200mくらい後ろについています。

昨夜、リシリさんとは少しお話しました。山荘からのバスは、午前3時の次は午前7時発です。山荘宿泊者で午前3時出発は私とリシリさんのみです。私は天候が良くて体調が良ければ、幌尻岳に登った後、戸蔦別岳に登るつもりと話しました。リシリさんもそのように話されていました。戸蔦別岳になんとなく登りたかったのです、そして何よりも七ツ沼カールを見たかったから。
日帰りを宣言されていたご老人はマイペースだったのでしょう、その後、ご老人はお会いしていません。
取水施設には5時20分くらいに着きました。つまり、アップダウンのある林道を10㎏のザックを背負って、7.5㎞の道を80分です。1㎞を約10分です。ちょっと早すぎますが、林道はどんなに早いペースでもいいと考えていたので、皆が早くて助かりました。親子は、貯水施設で休憩していました。
私たちは休憩なしで、そのまま登山口から登山道へ入りました。すぐに徒渉地点へ着き、登山靴をこの日のために購入した沢靴に履き替えました。この沢靴だけで荷物ですし、靴の履き替えも時間がかかります。ここで渡辺謙さんとリシリさんはペースダウンしました。

                    
沢靴で徒渉幌尻山荘

幸いなことに天候に恵まれ、糠平川の水量は少なく、糠平川徒渉には最高の条件です。きれいな水、そして水深はほとんど膝下です。私たちは心地よい徒渉を何度も何度も繰り返し、幌尻山荘に午前6時45分に着きました(雨が降ると、水は濁り、腰までつかり、危険な状態となります。危険度が増すとシャトルバスの走行は中止され登山はできません)。
私は山荘宿泊の手続きをし、パンを1個かじりました。その間に親子は私より早く出発しました。親子は、山荘の手続きはしませんでした、親子はなんと日帰りだったのです。彼らは6時50分に出発、私は7時に出発。急坂を登り、尾根筋に出ました。親子には追いつきません。彼らは、はしゃいでいるのでもなく、興奮しているのでもなく、純粋に早かったのです。私は登り坂では、普通は人に追いつきます。尾根筋から北カールの尾根でやっと親子に追いつきました。登り坂は頂上まで続きます。彼は、坂がきつくなったり辛くなるとワオーッと何度も叫んでいました。北カールの尾根は高山植物の花盛り、真夏の幌尻岳を楽しみながら幌尻岳に相次いで到着しました。
私が頂上に着いたのは午前9時30分でした。ここで記念撮影。私が、親子の写真を撮りました。彼は、雄叫びをあげ、両手を誇らしげに天空に突き上げていました。そして彼のお父さんが私の写真を撮ってくれました。そのまま、写真を撮って貰おうとすると、彼は私に向かって、彼と同じようなポーズをとるように催促しました。喜びがある時は、素直に喜びを示せということです。きつい時にはきついことを、喜びがある時には喜びを。

                    
北カールと幌尻幌尻
幌尻岳山頂幌尻肩から幌尻岳
                    

親子は休憩し食事をとっていました。彼は、降りてシャワーを浴びて氷を食べるのが楽しみと話していました。親子はそのまま下山したことでしょう。私はパンを一つかじり、彼の予想できない行動をとりました。天気は晴れ、体調は普通。私は、予定通りに戸蔦別岳へ周回コースを目指しました。彼は何が起きそうなのかわからず、ボー然とおにぎりをほおばりながら、まだ先に進む変なおじさんを見送っていました。
いざ、戸蔦別岳へ。そして登山道の右手にはあの七ツ沼カールがみえてきました。
遠目に雪渓には黒い点が二つ、岩なのか山爺(熊)なのか。二つの黒い点は移動する。

                    
北カール尾根付近から戸蔦別岳七ツ沼カール
幌尻肩から戸蔦別岳と七ツ沼カール戸蔦別岳頂上
                    

私は山への尊厳を感じ、写真はほとんど撮らず、ひたすら戸蔦別岳。振り返るとガスが昇ってもう幌尻岳は見えません。戸蔦別岳もガスですぐに覆われてしまいました。

戸蔦別岳から振り返ると幌尻岳は
既にガスに覆われていました。

戸蔦別岳から、ガスの中、一人急坂を下り、六ノ沢で再び沢靴に履き替え、道なき道をケルンを目印に慎重に歩き、あるいは徒渉し、幌尻山荘に13:26到着。このまま、下っても17時のバスには十分に間にあいます。
幌尻山荘の前には、幌尻岳をピストンで登ってきた渡辺謙さんとリシリさんがいて、にこやかに、「無事生還おめでとう」と言ってくれました。彼らが幌尻岳に登った時にはもうガスがあがってきて、戸蔦別岳、いや七ツ沼カールのほうには行く気がなくなってしまったということでした。親子とご老人はいません、きっと糠平川をもう下ったのだと思います。よくみると、昨日、豊糠(とよぬか)山荘で一緒だった人達もいます。午前7時発のバスでやってきて、今日は幌尻山荘に泊まり、明日アタックするそうです。幌尻岳の話。そして渡辺謙さん、今度は大雪山のトムラウシ山に登るそうです。地図を広げており、皆で、短縮コースがいいとか、縦走コースが楽しいとか話しています。私はニコニコしながら横目でその地図を眺めていました。
皆、ソロです。15時を過ぎると一人一人、夕食の準備にとりかかっています。ベテランさんでゆっくり登られる方は、新鮮な野菜を取り出し料理を始めました。いい匂いがします。何ができるのですかとか話しながら。あちらでは本格的な珈琲の香りが漂ってきます。渡辺謙さんや私はこれらを横目に、軽いのが一番と、アルファ米に粉末のカレー、スープ、紅茶など用意しました。それでも、昨日から一緒だったり、今日一緒に歩いたり、仲良く静かな山荘を楽しんでいました。

幌尻山荘の前でくつろぐ人達

すると16時過ぎに、団体のツアー客がやってきました。私達は隅へ追いやられ、そしてまた端っこに追いやられ。静かな静かな山奥の山荘は一瞬にして、変貌。
翌日は朝4時から糠平川を下り帰路につきました。

ソロの登山はよく非難されます。でも。
あの親子はどうしたでしょう。
一両編成の普通列車は日高本線をゆっくりゆっくり北へ走りました。

平取町から右の大きな山が幌尻岳、
中央の尖った小さな山が戸蔦別岳
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白名山?百名山?朝日連峰
2014/12/12

2013年9月は、毎週のように台風が来て、私の南アルプス大縦走計画は大幅に狂い、聖岳・光岳登山をあきらめました。
そのため、2014年の山行では、98座:聖岳、99座:光岳という順になりました。
最後の100座は、当初から大朝日岳と決めていました。最後の三つが響きのいい山が揃いました。私の本格的な山登りは北海道の大雪山系から始まりました。旭岳に始まり、朝日連峰に終わる。こんな感じでしょうか。

以前、NHKの百名山の番組で朝日連峰が紹介されました。大鳥登山口から大鳥池に至り、以東岳から大朝日岳まで縦走する雄大なコースです。
私は、このコースを夢見ました。大朝日岳まで縦走し、振り返って、以東岳からの縦走路を眺めて珈琲を楽しんでみたい。

朝陽館にかけてある地図
                    

2014年年始、百名山完登として大朝日岳登頂を8月24日日曜日と計画しました。
しかし、2014年7月から始まった山行は悪天候ばかり。
2014年8月20日、早朝にかけて、佐世保は雷が鳴りやまず、大雨でした。その頃、広島で大災害が起きていました。合掌。
あまりの出来事に気持ちも塞ぎました。8月24日の天気予報をみても、よくありません。百名山の最後は、晴れた縦走を楽しみたいというのが本音です。最終的に、「山の天気」(有料サイト)をみて中止を決定しました。

次に予備日としていた9月中旬の連休に照準を合わせました。
無残にも、9月のこの連休も「山の天気」は、朝日連峰の雨を伝えています。しかし、この機会を逃すと、百名山完登は2015年に持越しになってしまいます。
2014年は、百名山に1名山足りない白名山に終わってしまいます。
登山口まで行って考えること、悩むことにしました。

鶴岡駅からバスで移動、登山口の宿(朝日屋)に近づくにつれ、雨足は強まるばかりです。NHKの天気予報は雨。 布団に入り、繰り返し考え、次のように結論しました。
①朝、起きて中等度以上の雨なら登らない。
②雨が降っていなければ、大鳥登山口までは行ってみよう、そこでまた考えよう。


起床すると星が輝いていましたが、すぐに曇ってきました。
午前5時半、宿の人に登山口まで車で送ってもらい、6時登山開始。
曇り。雨は降っていません。登山開始。
雨が大降りになったら下山しようと決めました。 6時40分、雨が降り始めました。7時20分、雨は、中等度。
雨具は上衣、下衣、スパッツ、ゴアテックスの帽子に手袋、フル装備で雨対策は万全です。怖いのは大雨と雷です。
雨は中等度の雨からさらに酷くなってきました。
下山して、鶴岡から左沢に移動し、古寺鉱泉からピストン登山などの予定変更も頭をかすめました。しかし、私の登山スタイルは縦走です。
とりあえず、大鳥小屋まで行って、小屋の人の話を参考にしようと決めました。雨は強まるばかりで、テンションは下がりぱなし。
大鳥小屋の小屋番の人の話では、明日以降は晴れるかもという情報。今からはわからない、どうかなあという返事でした。山は自己責任ということです。

大鳥池大鳥池

大鳥小屋についたあたりから、雨は小降りに。
逡巡した挙句、大鳥池から以東岳まで行き、途中で、雨が酷くなったり、雷がなったりしたら降りようと決めました。以東岳手前で天候悪化の場合は、狐穴小屋に行くか(前へ進むか)大鳥小屋に戻るかは、もっと悩むだろうなあと思いました。
そんなことばかり考えていると、あっという間に以東岳到着してしまいました。
大鳥池がみえたのは一瞬。カメラを取り出そうとしていたら、濡れた手袋で手間取ってしまい、チャンスを逃してしまいました。
NHKの番組でみた、紅葉輝く以東岳から大朝日岳までの雄大な大縦走路は全てガスの中です。しかし、幸いなことに大鳥小屋から以東岳頂上までは雨は一滴も降りませんでした。
以東岳を過ぎてからはずっと雨です。もう狐穴小屋に逃げ込むだけです。

狐穴小屋に到着狐穴小屋の湧水
                    

狐穴小屋に早々に到着。次の小屋まで移動することも可能でしたが、狐穴小屋でゆっくりすることにしました。夕刻、雨は上がりました。ガス。 ガスの切れ間を狙い以東岳の撮影を試みました。

雲間の以東岳
                    

早めに就寝。
午前3時、とてつもない稲光と雷音に目を覚めました。
雷の中、歩く勇気はありません。
午前4時には雷音は聞こえなくなりました。
午前5時半に狐穴小屋を出発。雨(中等度以上)と晴れとガスと曇り、こんな天気を何度何度も繰り返すという状況でした。天気予報が当たるならば、大雨、曇り、時々晴れとでも予報しなければなりません。

ブロッケン現象

大朝日岳までに小屋があります。 雷が鳴ったり、大雨になれば、どうするか、この付近ではどのはい松に逃げこもうかなど考えながら、周りに注意し歩きました。
龍門小屋の小屋番の人の話では、今からはどんどん天気よくなるよというお話でした。しかし、実際には中岳まで大雨でした。
でももうここまで来ています。酷ければ朝日小屋に逃げ込むだけです。

                   

大朝日岳登頂。本来であれば、長い縦走路を振り返り充実の山行に浸るというところでしょう。
静かだった山行も、大朝日岳では古寺鉱泉からのピストンの登山者たちで大賑わい。
小朝日岳を経て、古寺鉱泉で汗を流し、河原で珈琲を飲み、今年は危うく白名山で終わるところを何とか百名山完登にこぎつけました。古寺鉱泉に宿泊。空元気の乾杯。

百名山完登古寺温泉朝陽館
宿の部屋祝杯

帰りの列車の中ではウイスキーをあおりながら、あまりの天候の悪さに、今年はもう登らないと決心しました。
男心と秋の空。
翌朝には、悪天候の後立山連峰の朝日岳から不帰の嶮は難しいだろう、不帰の嶮だけでもと考えながら目が覚めました。

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尾瀬 part 2 ~足慣らし 甘く見過ぎて 足捻挫~
2015/7/15

2015年4月、2015年6月下旬のNST研究会に参加すべく、予約し参加費を振り込みました。
飛行機は、金曜日の夜に出発し、日曜日の夜に帰る便を予約しました。
ある日、「今回は参加者が多くあなたは選にもれました、お金はどうしますか、別の機会に参加されますか、別の機会に予約されても参加が決定したわけではありません」とメール。
通常の研究会は、参加費を振りこんだら参加は決定したようなものですが、違ったようです。
飛行機はキャンセルが効かない便を予約していました。なんという不運。
ということは、山に行くしかない。なんという幸運。
東北の花かなあ、白神山、焼石岳、和賀岳、、、、、。とワクワクしながらネットをみていると、尾瀬深夜便のフレーズが目に飛び込んできました。これだ!!
今年の穂高シリーズに備え、いい足慣らし。
金曜日の23:55に浅草を出発し、尾瀬御池には午前6時少し前に着くそうです。
福岡空港は19時発。当にこのために予約したような飛行機。
御池-燧ヶ岳-長英新道-尾瀬沼-見晴-温泉小屋泊-東電小屋分岐-ヨッピ橋-竜宮十字路-山の鼻-鳩待峠のコースとしました。
目標は、戸隠升麻、姫石楠花、水芭蕉、鍾馗蘭の4つの花。鍾馗蘭には早いかなあ?ちょっと重いけれど、花には、Canon EOS5+macro100mm lensが一番いいかな。
列車は23時55分に出発、会津高原尾瀬口駅でバスに乗り換え、尾瀬御池まで。天気は、前日までの雨は上がって晴れ。
しかし、尾瀬は木道、濡れて滑ります。
午前6時、御池出発、睡眠不足ですが、ほぼ快調に広沢田代、熊沢田代へ。
尾瀬の花々、いいですね。海の日の頃が最高でしょうが、その前の時期の花達がたくさん咲いています。

熊沢田代 ここの木道で写真を撮りながら右足関節外反
姫石楠花姫石楠花

熊沢田代で、姫石楠花、ワタスゲなど独り歓声をあげながらシャッターを切っていました。
足元は濡れた木道、注意していた筈ですが、右足がスーッと外側へゆっくり滑っていきます。為す術はありません、右足関節が外反していきます。(通常の捻挫は内反です。)
数秒、息が止まりました。息を止めたまま、頭の中で確認しました。骨折したか?、変形があるか?。変形なし、明らかな骨折はなさそうと頭の中で答えが返ってきました。みて、変形なし、ただ、ここで登山靴を脱いで確認するのは危険。痛みはそれほどありません。(実は感覚がなかったのです)。
しかし、ゆっくり足を動かすと、何とか動きます、何とか歩ける。まだ、今回の山行は始まったばかり。燧の頂上まで、雪渓を含めて2時間弱。いつもはコースタイムの7割くらいの筈が、なんとコースタイム通りにしか進みません、額には冷や汗がにじみ、右足には感覚がなく、足関節は他の筋肉が補い合って固定したまま棒のように歩いていました。
一昨年の台風18号(私の南アルプス縦走計画を木端微塵に砕いた台風、京都嵐山を壊した台風)が、見晴新道を崩壊させていたため(ネットで情報は得ていました)、長英新道を下りました。長英新道はぬかるみ歩きにくかったのですが、尾瀬沼で水芭蕉を楽しめました。
(下り道、瞬間的に体重をかけ過ぎたのか、買ったばかりのレキストックが折れてしまいました。杖 なくなってしまいました。折れるなんて初めて。)

燧ヶ岳、尾瀬ヶ原、至仏岳
尾瀬沼
水芭蕉水芭蕉

尾瀬の平坦な木道は濡れたまま、右足はまともに動かず、タイムコースより早く歩くことはできません。尾瀬沼には12時、見晴新道を経て、温泉小屋に辿り着いたのは15時でした。御池から9時間。ザックを小屋に置いて、天候は崩れて雨の中、戸隠升麻を求めて、段吉新道へ。素敵な戸隠升麻が待っていてくれました。
いつものスピードならここから三条の滝に行けるはずですが、私の頭は決してそれを許してくれませんでした。右足が悲鳴をあげていることを知っていました。
温泉小屋に戻り、温泉に入り、右足に湿布をあて19時に休みました。
私は、テーピングテープを自宅に置き、相部屋の人のウイスキーを断ることができず、捻挫のRICE療法も行わず、全てを甘くみていました。このことで、後々まで困ることになってしまいました。

戸隠升麻戸隠升麻

翌朝、小雨降る中、温泉小屋を出発。足の裏に感覚は戻っていました。一歩一歩、痛みというか変な感覚があります。精神的な余裕もあまりなく鳩待峠へ、戸倉の温泉で汗を流し、帰途につきました。
月曜日の朝、起きてみると、右足は象の足のように大腿から足関節まで同じ直径で腫れあがっていました。
自己診断では、右足関節の外反捻挫で、内果付近がやられたのだろうと浅はかな考えでした。後の経過から考えると、外反捻挫のため、感覚がなく(痛みを抑えるため、疼痛抑制系を最大限に利用)、棒みたいに、前脛骨筋、腓骨筋、腓腹筋、ヒラメ筋、などを総動員して足関節を固定し移動させた結果、全ての筋肉が悲鳴をあげ、さらに外反の結果、腓骨外果と他の骨とが衝突し骨折に近い状態を創り出したのだと思います。
這うようにして出勤、途中のコンビニに飛び込み、サポーターを探しますがありません。帰りにはドラッグストアーでサポーターを強弱2種類購入。
1週間たち、フクラハギの腫れはひき、右足関節内果の腫れはひき、やっと平地のwalkingが可能となりました。
足背、外果、アキレス腱は腫れたまま、2週間たち、里山walkingができるようになりました。登りは比較的大丈夫ですが、下りは痛みが走ります。時間はいつもの1.5倍かかります。
3週間たち、痛みはかなりひき、外果の前後とアキレス腱の外側にまだ少し腫れが残り、少し走れますがジョギング以下です。横断歩道でのdashはできません。
素敵な花と山、満喫できました。目標の花は、姫石楠花、水芭蕉、戸隠升麻の写真は撮れました。
鍾馗蘭は来年かなあ、秋紅葉また来たいなあ。
やっぱり懲りてない。
夏山到来、気を引き締めてかからないと。

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西穂~ヤマテンも外れる~
2015/8/1

2015年7月19日20日と2日間のお休みがとれたので山に入りました。
四国に上陸し、ゆっくり動いた台風11号の後を追うように移動し、 台風一過の好天を期待しました。
信頼度の高いヤマテンは、両日の晴れを予報しています。
尾瀬で痛めた右足関節のリハビリを兼ねています。あれから4週間、未だ治りません。外反捻挫で外果を痛めて、アキレス腱も痛めています。どうやらアキレス腱の方がひどいようです。
目標は西穂高。西穂高の頂きから奥穂までの道のりをこの目で確かめたい。
1日目は、新穂高まで移動し、ロープウェイを利用。そのあと1時間ほど歩き、西穂高山荘まで行く予定です。

列車やバス、ロープウェイは時間通り。ロープウェイを降り、14時54分から登山開始。
天候は、予報は全くはずれて雨。しかも、霧雨とかではなく本降りです。翌日のヤマテンの予報が晴れでなければ、きっとやめていたと思います。
西穂山荘に着くと体がぶるぶる震えていました。雨具完全装備でしたが、暑くて汗をかいていました。晴れの天気予報が全くはずれて、精神的なダメージもありました。ヤマテンの予報は、気象庁の天気予報とは異なり、信頼度がかなり高いのです、ここまで外れるとは。16時に48時間後までの予報が有料で流されます。こんなに外れても、翌日はよくなるのだろうと心の片隅で信じていました。
兎に角、乾燥した下着や服に着替えて、気持ちと体を落ちつけよう。
1時間歩いただけなのに、こんな有様で、自分自身に「落ち着け、落ち着け」と話しかけていました。

雨の日、ロープウェイから。こんなもの雨の西穂山荘

西穂高小屋は満室。この時期に一人に布団が一つあったのでこの雨のおかげかもしれません。
夕食時に、小屋の人から翌日の天気が発表されました。翌朝は、ガス。風7mくらい。昼からは場合によっては雷雨。とにかく午前中は、ガス。降ってもそれほどではないそうです。
雨なら行かないつもりでしたが、それ位なら行こう。
午前4時に起床。頼んでいたお弁当を朝食として食べるいつもパターンです。お弁当は、おにぎり2個、野菜のおかずなどで、美味しかったです。
4時30分出発。
予報は完璧に当たりました。ガス。何も見えません。
ガスの中、1時間で西穂独標に到着。頂上には、一人休まれていました。
写真を撮ってくれるようにお願いしました。嫌そうでした。「嫌ですか」と尋ねました。そういう人には何度もお会いしたことがありますし、嫌なときもあるでしょう、嫌なら仕方がないと思ったのです。時には自分自身がそんな気持ちになることがあります。「押すだけならいいよ」という返事でした。一度シャッターを押してくれました。

西穂独標、押すだけにしては流石
                    

登ることさらに1時間、西穂高山頂登頂。今度は頂上には誰もいません。ガス。海の日に晴れていたら、西穂の頂上を独り占めできるわけもありません。
奥穂も、槍も、360°見渡す限り、何も見えません。

西穂高岳 誰もいません。何も見えません。

岩場もそれなりにありました。右足のリハビリになりました。ヤマテンもはずれることはある、大粒の雨に打たれ、今年の山力も出来たようです。雨降って地固まる。
ロープウェイ付近まで降りてくると夏晴れ。
帰路では、右足をすぐにケア。尾瀬での大失敗が教訓です。
列車(ワイドビュー飛騨)は、高山から名古屋まで走ります。
青い空、真っ白の雲、碧輝く山、怒迫力の激流、真夏の景色が車窓を飾ります。
残念ながら、右足ケア中のため、ビールはお預け。

西穂高口ロープウェイ乗り場付近観光客ロープウェイから眺める西穂
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大切戸とジャンダルム
槍・穂高3000mピーク完全制覇
2015/8/18-2015/10/02更新

【大切戸とジャンダルム】という少々地味なタイトルだったので、タイトルを変更します。
【槍・穂高3000mピーク完全制覇】、ちょっと大げさです。
槍ヶ岳(3180)、大喰岳(3101)、中岳(3084)、南岳(3033)、北穂高岳(3106)、涸沢岳(3110)、奥穂高岳(3190)、ジャンダルム(3163)、前穂高岳(3090)の9座です。

7月31日
仕事が終わってから、博多発のぞみに飛び乗りました。名古屋には21:11に到着し、いつものホテルに宿泊。

第1日(8月1日)
7:00 名古屋発松本行の特急ワイドビュー信濃に乗車、松本には9時8分到着。
すぐに新島々行の列車に乗り換え、新島々で上高地行きのバスに乗り換えました。
上高地には11:15到着。
帰りの荷物を下山後の宿泊予定の西糸屋ホテルに預け、11:40河童橋を出発。
いよいよ、今年の夏山が始まります。

河童橋、梓川、穂高

2015年は、転職したばかりなので、山は無理かなあと思っていましたが、夏休みがあると知り、穂高制覇、大キレットなどがすぐに頭に浮かびました。しかし、奥穂-西穂縦走、西穂-奥穂縦走は、私にはまだ早いと考えていました。

槍沢ロッジまで、無心です。剱岳の時のような緊張感や気負いはありません。八峰キレットの頃には、コース・技術に不安があり、昨年の不帰の劔では、ヤマテンさんの予報が雪?(実際には快晴)で天候に少々不安がありました。
今では、天候はヤマテンのおかげでほとんど心配いりません。気象庁山の天気予報は、以前はみていましたが、今はほとんどみていません。ヤマテンさんの予報はほぼ正確で、ヤマテンさんの予報が悪ければ中止すればよいのです。

精神状態は普通。体力は、低下。今年は普段のトレーニングが足りません。特にこの1ヶ月間は右足関節捻挫のケアのため、脚力は、間違いなく低下しています。
今回の目標は、全快していない右足関節に決して負担をかけないということです。
その為に以下の工夫をしました。
① ザックを軽くする。カメラとレンズは重くなるので、選んだ機種は、私の持っているカメラのthird groupのCanonと G12 Olympus Tough2の2台です。画質や機能は落ちますが、なんといっても軽い。花や紅葉の時は一眼レフ、通常はミラーレスカメラです。今回のカメラの組み合わせは幌尻岳以来で軽量コース。
② 足に負担をかけない。岩崎元郎さんがおっしゃっている静荷重・静移動です。
今回の山旅は、1日目、2日目、3日目、4日目と日を追う毎に厳しくなっていきます。
4日目の予定は、3コースを考えていて、まだ決まっていません。最も厳しいコースを選択した場合には、難易度が高くなります。
現在、山の業界では、light & fast の言葉が定着しています。
これに対抗して、今回はlight & slowと口ずさみながら、ゆっくりと1日目と2日目を歩きました。3日目と4日目のために気力・体力・脚力のいずれも、消耗したくなかったのです。特に右足関節。右足関節をかばう為に左足にも負担をかけたくありません。
light & slow、右足を最後までもたせる、静荷重・静移動で、フラットに歩く、などと自分に繰り返し言いきかせながら歩きました。
槍沢ロッジでは2組の布団に3人という環境でした。ピーク時には1組の布団に3人ということもあるそうです。
鼾、いろいろな対策を講じてきましたが、二三人の組み合わせで鼾があると為す術はありません。鼾を掻く人はひとまとめに一部屋に寝てもらったらよいのになどと考えながら、なんとか横になって朝を待ちます。すると数時間は眠れたみたい。

第2日目(8月2日)
午前3時40分頃目覚める。いつものことながら、既に動いている人が居ます。
そのまま4時まで横になって、それから動き出しました。例によって、作ってもらったお弁当を朝食にするパターン。今日のお昼は、槍ヶ岳山荘でカレーとコーヒーを頂くつもりです。楽しみです。早く着きすぎると食堂の営業時間がまだ始まっていない危険性大。
昨秋、10時まで待ったような記憶があります。

4:40 槍沢ロッジ出発。
昨秋の出発は、4:50頃で真っ暗でヘッドランプ使用。紅葉がとても綺麗で、一眼レフで写真を撮りながら歩いたのを思い出します。去年は直ぐ後ろに台風が来ていてチョット焦っていました。槍沢ロッジ-槍ヶ岳登頂-そのまま上高地まで1日で下るというあまり人様にはお勧め出来ない山旅でした。その頃は、足はなんともなかったので、コースタイムが1日に15時間位は、1年に1度位はあるかなあと思いながら平気に歩いていました。
去年までは、コースタイムの70%位で歩くのが普通でしたが今年は違います、ゆっくり。
百名山一筆書きを達成された田中陽気さんはコースタイムの半分で歩かれていますね。
今年は右足関節捻挫があり、様相は全く違います。light/slow/flat/soft こんな感じで歩きました。不思議なことに、この歩き方は、全く疲れません。
槍ヶ岳山荘には7時50分到着。去年は2時間50分くらいでしたから、今年は20分遅いです。
去年は沢山写真撮っているし、撮らない間はビシビシ歩いている感じ。
今年は、静荷重、静移動です。全く疲れません。
天狗分岐あたりで、日陰から、日向に入ると、直射日光が首筋から全身に射し込んできます。遮るものは何もありません。熱中症の危険性があります。

夏、槍ヶ岳槍ヶ岳、頂

槍ヶ岳山頂は、人が多かったら登らないで先に進むつもりでしたが、人も少なく、風も吹かず、3日目以降の岩登りの訓練を兼ねて登りました。槍の頂は今回が3度目です。
1度目は感動が大きかったですね。2度目は紅葉。
今回は、槍ヶ岳は通過点に過ぎません。槍の頂が通過点、とっても贅沢。
槍の穂先から降りる時、前の方でユックリユックリ進まれる方がいました。以前なら、イライラしたのでしょうが、全然気になりません。急ぐ山旅でもないし、止まると写真も撮れるし、3日目以降のすれ違いの待ちの練習にもなるし。
槍ヶ岳山荘にもどると、まだ早すぎて、楽しみにしていたカレーライスはありません。
今回は light ということで、手持ちの食料は、非常食/行動食のみです。
何かしら売っていないかなあと売店をのぞくと、小屋で焼く有名なクロワッサンが売ってありました。直ぐに売れ切れてしまうのですが、時間が早かったので、まだありました。
ラッキー。焼き立て。2つ買って食べました。バターたっぷり、街でもあまりおみかけしないような、ふっくらさくさく、いい感じです。とてもおいしい。本当は、沢山買いたかったのですが、他の人も食べたいだろうし、2個で我慢しました。

槍の穂先から、南アルプス山荘のクロワッサン

急がないといっても、山の天気は変わりやすい。特に午後からはわかりません。早く次の小屋に着く方がベター。
山荘前のテラスでの珈琲はグッと我慢。9時過ぎに南岳小屋を目指しました。
心の中で、南岳小屋がスタート地点と言い聞かせていました。
此方の登山道は、人通りはぐっとへります。ちょうど白馬岳から白馬鑓ヶ岳方向へ、人通りがグッと減るのと似ています。
11時少し過ぎ、南岳小屋に到着。早く着いたので、憧れの北穂小屋まで行こうかと迷いました。すると、笠ヶ岳の方向に入道雲が湧き上がってきました。雷の危険性。

中岳、大喰岳、槍ヶ岳南岳小屋、真ん中の奥に槍

ヤマテンも午後からは悪くなるという予報でした。予定通り、南岳小屋に宿泊することにしました。
南岳小屋で昼食をとりました。ハヤシライス、コーヒー頂きました。美味しうございました。
水もお湯も細かに有料でしたが、わかりやすくてよかったです。
小さな山小屋は大変です。小屋番さん頑張っておられました。ご飯、とても美味しく炊いてありました。

第3日目(8月3日)
いよいよ有名な大キレットです。大切戸という日本語だそうです。キレットとは山の鞍部でV字状に切れ込んだ地点を意味するそうです。
これまで、日本三大キレットのうち、八峰キレット、不帰の劍と経験してきました。

2010年、仙丈ヶ岳中腹よりみた北アルプス、
奥穂高岳、大キレット、槍ヶ岳

南岳小屋を4時半に出ました。小屋を少し登ったところで朝の景色を眺め、気を引き締めました。
あまり緊張はありません、無駄な力も入りません。ただ、一つ一つキチンキチンとやる、徹底する、気魄を持ってやる、謙虚にやるという、脳外科の手術の前のお題目を唱えていました。

朝、大キレットを望む準備する人
南岳小屋付近より南アルプス、富士
                    

5時過ぎに出発。

大キレットに挑む

最低鞍部を過ぎ、長谷川ピークを越えました。

長谷川ピーク、遠くに笠ヶ岳

北穂高岩壁は、不帰の劍を大きくした感じで、慎重に三点支持で進みました。
飛騨泣きは慎重に登りました。飛騨側から信濃側へ登り移るところは、肌で危険と感じ、下は見ませんでした
北穂小屋到着。日差しがきつく暑くて熱中症の危険性あり。
北穂小屋で、牛乳、リンゴジュースを飲みリフレッシュ。

北穂付近より、辿ってきた大キレット
北穂を越え、前穂高と涸沢

引き続き、奥穂高山荘へアプローチしました。北穂高の南峰からの下りが大変。
以前、奥穂高山荘に泊まった時に南峰からの下りが大変だったと聞いた事があります。当にその通り。本ではわからない。奥壁バンドを通って、涸沢岳へ登り、これは不帰の劍と同じくらい。

最低鞍部涸沢岳

11時奥穂高山荘到着。

奥穂高山荘に早く着くと、今日は1組の布団に2人ですが、まだ、プラス千円で、1組の布団に1人で寝ることが出来るスペースが空いているとのことです。早く到着した人の特権?、ラクチン。ゆっくり休めます。
お昼にカレーライス、珈琲を頂きました。
早いからと言って、次のところに行きたいという気持ちは、全然湧き上がってきません。
奥穂には以前登っているので、ガスがかかった奥穂に今から登るつもりはありません。
奥穂高山荘以降の予定は、天候、気持ち、体力、脚力などで決めるつもりでした。
3つのプランです。
1) 奥穂高山荘-奥穂高岳-ジャンダルム-奥穂高岳-前穂高岳-岳沢-上高地
2) 奥穂高山荘-奥穂高岳-前穂高岳-岳沢-上高地
3) 奥穂高山荘-ザイデングラード-涸沢-横尾-徳沢-明神-上高地
3)が最も安全ですが、油断するとここでも滑落し死亡事故が起きています。
2)は当初考えていた、大キレット&穂高制覇コースです(西穂高は7月に登っています)。
1)が最も難易度が高いのです。
もっとも、ジャンダルムから西穂高へ行く道のりもありますが、前述のように奥穂-西穂縦走、西穂-奥穂縦走は、私にはまだ早いと考えていました。
奥穂高からジャンダルムのピストンを入れるかどうかはギリギリまで悩むつもりです。

瞑想

今年は、先ず手始めとして、尾瀬燧ケ岳にアプローチしました。足慣らしのつもりが、人生最悪の捻挫、右足関節外反捻挫。注意していた筈の木道でのスリップでした。
そのリハビリは、雨・ガスの西穂高岳。
今回の山旅は2日目、3日目は、昼前に小屋に到着し、気力・体力・脚力充実しています。
幸いなことに右足は何ともありません。
ヤマテンは4日目も午前中の晴れを伝えています。
ここでジャンダルム行かなかったら、いつ行くのでしょうか。来年こんな条件があるでしょうか。

4日目(8月4日)
4時17分出発。
奥穂高岳に5時前に到着。

奥穂高岳にて

気持ちは落ち着いています。いざジャンダルムへ。

馬の背を下るジャンダルムへ

有名な馬の背。怖いという感覚はなく、嬉しい 楽しい 高揚した感覚です。これをグッと抑えて、手足を駆使して通過。
山と渓谷には、記載はないのですが 次のザレた下りは、落石しやすく注意が必要でした。
そこからちょっとしたコルがあります。ここから鎖場、少し登り、鎖の水平道。この鎖の水平道は、不帰の劍、北穂-奥穂で経験したものと同じです。
ロバの耳を登り、スラブ状の所を下ります。
ジャンダルム基部を少し登り、左側へ巻き、いよいよジャンダルムの頂きへ。

ジャンダルムを巻くジャンダルム
ジャンダルム頂

ジャンダルムから、馬の背をへて奥穂高へ戻りました。さらに吊り尾根から前穂高岳へ。

前穂岳山頂から槍・穂高3000mピーク
わかりますか。槍ヶ岳(3180)、大喰岳(3101)、中岳(3084)、南岳(3033)、北穂高岳(3106)、涸沢岳(3110)、奥穂高岳(3190)、ジャンダルム(3163)の8座です。そしてここが前穂高(3090)
                    

槍・穂高3000mピーク完全制覇終了。
岳沢を下り、上高地へ。
上高地は、観光客と登山客でいつものように賑わっていました。
贅沢な夏山の旅、終了。

                   
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夏のリハビリ
2015/8/31

盛夏(2015)、槍穂縦走で、右足関節の回復を実感しました。
しかし、この縦走では右足に常に気を使い、負担がかからないように心がけていました。
秋山山行に備え、8月は地元の山で右足に負荷をかけていく二つのさらなるリハビリを行ないました。

①雷山往復コース 7時間(普通に歩行)
槍穂から2週間後、8月16日に雷山を往復しました。朝、5時に出発、舗装道路を2時間半歩き、雷山千如寺に到着。ここから山道を1時間半かけて雷山頂上へ。計4時間。
帰りは3時間。下りの舗装路で腹痛をきたし、この間、30分程度ゆっくり歩いたため、帰りは予定よりも時間がかかりました。
この山行では、右足の前後方向の負荷は、左足と同じようにしました。但し、前後方向のみで左右の横への負荷は極力かけないように心がけました。

②通いなれた佐世保の裏烏帽子コース 6時間(やや早めに歩行)
①で特に問題はなかったので、右足の完全復活をめざし、次のリハビリを裏烏帽子コースで行いました。

                        
南風崎駅(8:39発)から佐世保駅へ。
佐世保駅からから出発します。
ここからはハウステンボスが見えます
戦後70年

8月23日。お盆は過ぎましたがまだ暑く、数年前は同じ時期・同じコースで、3リットルの給水を行ったにもかかわらず、耳管開放症(脱水症状)を経験しました。
コース自体は佐世保に住んでいた頃に2ヵ月に1回程度歩いていたコースです。自分自身のコースタイムも熟知していますし、コース自体を足が覚えているので、いろいろな負荷を足に安心してかけることができます。
コースタイムは平均すると、京町信号四つ角付近から烏帽子までが1時間半、隠居岳までが1時間半、オサイ峠を経て、八天岳を過ぎ、国見山(777m)までが2時間、そこから潜木バス停まで1時間の計6時間です。
①で右足の前後方向への負荷訓練は終了しました。今回は、1)登りは早く歩く、2)右足の左右への負荷、3)右足が左足をリードする(右足で先に坂を登り左足で追う、右左交互に同じように動かすなど)、4)下りは走れるときは走る、の4点で右足の完全復活を目指しました。

烏帽子岳から佐世保港
振り返るとこれから登る隠居岳、八天岳、国見山

烏帽子岳までは1時間15分。大体予定通り。烏帽子岳から隠居岳への中間付近で、右下腿裏面(腓腹筋、ヒラメ筋)に印象としてリンゴ大の塊を感じ、足がつる一歩手前の痛みの様なものを感じました。恐らく烏帽子岳の急登を右足でリードし、健康時と同じような速さで一気に登ったためと考えました。予想通りの結果です。30分程度、その感覚(硬さ、足をつる一歩手前の痛み)を楽しみました。隠居岳登りの前で、芍薬甘草湯を1包(2.5g)内服しました。坂を登りながら、リンゴ大の塊、痛みの1歩手前の感覚は10分程度で消失しました。著効です。
しかし、内服しながら、1包では足りない、2包必要と体が訴えていました。すると、その通り、オサイ峠-八天岳付近で同じ感覚が再燃しました。芍薬甘草湯は1包しか用意していなかったのでありません。これまでの10年程度の登山歴でも、総計3包しか内服していないので1包しか準備していないのも当たり前かもしれません。右足への負荷は与え続けたまま、治そうと考えました。普段の登山でもこんなことはたまにあります。

 
郷美池八天岳前の鉄塔
                    

八天岳(714m)頂上付近は、昔、柚木の里人が浮立を舞い、雨乞いをしたそうです。今は無粋な鉄塔が立っています。里山歩きの人間にとってはちょっとずらして立てて欲しかったと思います。
裏烏帽子コースは誇れる素敵な山歩きコースです。最近、いろいろな所にwalking courseが整備されていますが、裏烏帽子コースはもっと整備されて、多くの人が歩けるようになったらいいと思います。

 
国見山へ最後の登り坂(階段)佐世保市の花:鹿の子百合

国見山への最後のアプローチは、数年前、階段が整備され登りやすくなり一気に登りました。塊のような痛みの異常感覚は消失。 最後は、国見山から、潜木バス停まで、ゆっくり駆け下りました。ジャスト6時間。 これで訓練終了。このコースの最短は5時間-5時間半だったので、夏(30度を超え晴天)のこの時期に6時間で歩けたら、特に問題はありません。
秋山へ準備終了。
帰りに、くにまつでおいしい珈琲、信玄さんで信玄焼き頂きました。とても美味。ついでに、脱水も補正しました。

 
佐世保の珈琲名店
くにまつ
佐世保の鉄板焼き名店:信玄
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【西穂-奥穂-槍】縦走----Gendarme・ふたたび----
2015/10/10

2015年8月に槍・穂高3000mピーク全制覇。
槍、北穂、奥穂、前穂、一寸、欲張って、ジャンダルムに奥穂からのピストンで登り、槍・穂高3000mピークの9座の全制覇ができました。
これまで、西穂-奥穂、あるいは逆の奥穂-西穂の一般登山者の最難関コースで、私には少しばかり荷が重すぎるのではないかと考えていましたが、夏にジャンダルムに一度登って、考えを改めました。

2015年、9月。時節到来。
西穂-Gendarme-奥穂縦走を計画しました。シルバーウィークは長いので、ついでに今夏の逆コースの奥穂-北穂、北穂-槍ヶ岳、と足を延ばすことにしました。
ヤマテンは晴れを予報しています。私の心技体知は、まあまあ。
山で一番怖いのは、そうです、人かもしれません。
シルバーウィークで、槍ヶ岳山荘は混雑が予想されるのでパスして槍沢ロッジに最後宿泊する予定です。 槍ヶ岳は三回登っているので、人が少なければ折角だから登ろうかという程度です。

                    

1日目:9月19日、土曜日。西穂山荘まで
7月の連休で右足関節捻挫のリハビリで登った西穂高、その時の西穂山荘までの道程と、(列車、バス、ロープウェイ、その後、西穂山荘まで1時間のウオーキング)、全て同じです。
ヤマテンは晴れを告げていましたが、この日はガス、時折雨粒が。小雨というほどのこともありません。
雨具なしで、今年の夏に体得した静荷重、静移動で、山荘まで移動します。
ヤマテンが外れたのかというとそうではなく、低気圧の移動が少しばかり遅れてガスが残るかもしれないということを予報していました。まさにその通り。
西穂山荘では、運良く、角っこで一枚の布団に一人で休めました。
この山荘は、山小屋でかなり上位にランキングされるのではないでしょうか。
心がこもっています。
受付を眺めていると、きちんとルール化されており、間違えた、ワガママなお客さん達にも怒ることなくなく自然体で心地良く応対されています。
私が自販機で間違えてコーラを買ってしまい(最近は年老いてコーラは飲みません)、困って、近くにいらした赤いソフトジャケットを着た山荘の人に声をかけると、ちょっと中に入り返品してくれました。その時も受付業務で中はテンヤワンヤな状況にも拘らず。その応対も自然です。
この山荘は、山を登る人たちが気持ち良く安全に行動できるように配慮されてると思います。
美味しい夕食時に明日の天気について話されます。その日は、天気、気温、ガスの状況、風の強さなどを時間ごとに説明され、コースの危険箇所、シルバーウィークで人も多いので登山者自身が心に余裕を持った行動をしてくださいなどと話されていました。夕食が3回あり、各々の夕食時に、そして、テントの人にも外で説明されていました。登山は自己責任です、怖いのは天候です。気象予報士の資格をお持ちの山荘のご主人がこれ程まで詳しく説明されるとは。とても感心しました。因みに、私が声をかけた赤いソフトジャケットの方が山荘のご主人でした。ありがとうございました。
ご主人が話された内容で、私が注意を喚起された点は二つ。天候は晴れ。朝方は少しガスがかかるかもしれないがこれはすぐに晴れる。ここまで予想通り。
①西穂から奥穂まで行く人は、早立ちを進めます。
当初の予定では、2015年夏のワンダーフォーゲルにもあったように4:30出発にしていましたが、この話を聞いて、4:00に変更しました。7月に西穂高に登った時が4:30出発です。
4:00に出発して西穂高岳くらいまではヘッドランプで行動する予定。西穂から奥穂まで登る人が多いそうです。
②もう一つは落石です。山荘のご主人が、今年の夏も天狗の頭まではよく行かれたそうですが、間ノ岳付近で落石の音をよく聞かれたそうです。落石、自分が当たるのも、自分が落とすのも怖いです。落としたらすぐにラクと叫ばないといけません。
落石の音?

2日目:9月20日、日曜日。西穂山荘から奥穂高山荘まで
午前3時起床。朝は寒い。夏の経験で、独標までは朝露がありました。防寒も兼ねて上下の雨用のジャケットを着用。ヘルメットは、西穂山頂から装着予定です。
私はお昼のお弁当を朝食にあてています。朝食をとって早立ちします。
おいしい二つのおにぎりと野菜の入ったお弁当です。とても美味しいし量も丁度いい。
山頂でお弁当を広げた人たちの笑顔が目に浮かぶくらいです。
自分の前に大勢の人が出発していましたが、私は4時と決めていました。早すぎると、西穂山頂を超えてからの下りが、まだ暗い危険性があります。
西穂山頂の後は、ヘッドライトなしで視界が効いて安全を確保したいからです。
出発の4時少し前まで、山荘のストーブをぼんやりと眺めていました。この待つ時間、とても幸せ。

西穂山荘で、ストーブを眺め出発を待つ

西穂独標、西穂山頂までは今夏に経験しているので、実際に気をつけるところはわかっているつもりです。大切なのは急がない。ゆっくり。ゆっくりと遅いは違います。
西穂山頂までは、ゆっくり、静荷重、静移動です。そこからが、未体験ゾーンでさらに楽しみです。
天気予報通り、ガス。西穂独標、ピラミッドピーク、西穂山頂まで足を進めます。ゆっくり歩きましたが、沢山の人達を追い抜きました。
前回、西穂山頂までが2時間、今回は、ゆっくり足を進めましたが、1時間38分で到着。ほぼ完治した右足関節には何の注意を払う必要もなく、前回よりもゆっくり歩いたつもりですが、夏の蒸し暑さもなく、自然な経過だと思います。
西穂山頂では、パンをひとかじり。雨具をここで脱ぎ、ウィンドシェルに着替えました。

まだ暗いピラミッドピークほんのり明るくなってきた
西穂高岳山頂

西穂山頂から、赤石岳への下り付近は事故が多いそうです。
予定通り、辺りは明るくなっています。慎重に。垂直な鎖場もあり、鎖に頼り過ぎず三点支持で通過。自分より早く出た人たちを追い抜きます。
なるほど見るからに危ない感じの登山者沢山います。体型をみるとお腹が丸く出たトレーニング不足の中高年の人、鎖に両手でぶら下がっている人、構わず石を蹴落とす人、リーダーについていくだけで何も考えていそうにない人,,,, 周りに気を付けて。自分も気をつけて、しっかり歩行。

間ノ岳へのザレた登りへ
間ノ岳から間天のコルへ。
鎖場を下る
天狗の頭へ。
逆層スラブを登りきって

間天のコルまでにほとんど抜き去ってしまいました。前には3人のパーティー(A君、B君、C君とします)がいるだけです。A君がリーダーだと思います。1人(C君)は遅れ気味ですが、2人は前を歩いています。この3人はどうでしょう。おそらく、セミプロかハイアマチュアでしょう。相当の経験があって、いまは離れた所に住んでいて、久し振りに一緒に山登りのような雰囲気。いい感じです。
天狗の頭で、B君が遅れ気味のC君に声をかけます。
「キツそうやなあ?」
「アア、 足が上がらん。」
恐らくC君は、最近忙しくてトレーニングがおろそかだったのでしょう。
また、B君が声をかけます。
「先に行っとくから、ゆっくり来いよ。」
A君はじっと見守ります。
C君は、「アア、すまん。」
ということで、A君が、先頭。続いてB君、それから私。C君は少し遅れています。
天狗の頭から、畳岩尾根の頭、コブ尾根の頭までは本による情報も少なく、坂も厳しく、マーキングはほとんどなく、間違えた踏み跡もあり、ルートファインディングは困難でした。
先頭のA君も2回ほど間違えました。いずれも、誤った踏み跡のためです。
誤ったら、元に戻って、正しい道を探します。誤った?踏み跡が多くあります。
私も、今回の山旅でも数回、元に戻って登山道を確認しました。先に進むより、違うと思ったらすぐに戻ることが大切だと思います。
A君はB君に、「C君が遅いから、ジャンダルム直登ルートに行ってきていいよ」と言っていました。B君は以前、直登ルートを登ったことがあるらしく、「今日はやめとく」と言っていました。やはりセミプロかハイアマチュア。
ジャンダルムの頂上で彼らと少し話しました。彼らは、朝3時半に西穂山荘を出たそうです。30分遅れて出発した私が追いついたわけですが、私が早いわけではありません。彼らは、テン泊装備で、荷物が重く、しかもパーティなので休憩しながら、体調をみながらといったところでしょう。
そんな話をしていると、B君は「そんなにゆっくり歩いたつもりはないけどなあ」とつぶやいていました。彼らは、奥穂からそのまま、前穂を経てその日のうちに上高地に下り、そのまま帰るつもりと話していました。B君は、子供が小さいから山に長居はできないそうです。
私は、「奥穂高山荘で一泊、明日は槍ヶ岳かなあ。今日、北穂に行くのは止めときます。」と返事をしました。「奥穂ならすぐじゃない。」と、B君に突っ込まれましたが、「涸沢岳からの下りがあるからねえ。」と彼もすぐに付け加えていました。 A君とB君は、C君を頂上で待ち、ジャンダルムからは、私はまた独り旅となりました。

Gendarmeで
穂高をバックに
Gendarmeで
槍をバックに
馬の背を超えて、振り返えると、ジャンダルム
振り返って。
西穂高岳、コブ尾根の頭、ジャンダルム、ロバの耳、馬の背
よく見ると人影

奥穂高岳に着くと状況は一変しました。ここはどこという感じで、人で一杯。頂上では写真を撮るのに10分以上待ちました。撮らなくてもよかったのですが、この時はまだ、槍ヶ岳まで縦走して証拠の写真でもとっておこうかなあ位の気持ちがありました。
さらに奥穂頂上から山荘まで、今度は、下りの梯子で、登りのツアー登山の人たちを10分くらい待ちました。山で行列です。
もう西穂高-Gendarme-奥穂高の縦走は終わったので、後は付録みたいなものです。
ゆっくり怪我しないように。油断大敵。
奥穂高山荘に10時過ぎに到着(待ち時間をのぞくと出発から6時間切るくらいです)。早過ぎたかなあと思いつつ、山荘の人に恐る恐る尋ねてみると、部屋に入っていいそうです。
夏と同様、+1000円で、夏と同じNo12の布団をゲット。これで、小屋がどんなに混雑しても快適です。
この日はシルバーウィークの2日目で、小屋は超満員で、1つの布団に2人の状況でした。
私は早く着いたので、いい場所がとれたようです。

Np12。快適。もし、1つの布団に2人だったら、その日のうちに
ザイデングラードから上高地に降りたと思います。

山荘では、テラスで瞑想、読書、音楽を聴いたり、涸沢を眺めたり、楽しく過ごしました。カレーライス を食べたり、珈琲を飲んだり。

奥穂高テラスで、瞑想、ふたたび珈琲、ひととき

夜、翌日の奥穂から北穂、北穂から大キレットを通って槍までの道のりについて考えてみました。
夏に逆コースを歩いています。夏のコースよりも、今回の逆のコースの方が若干厳しいと言われています。偉そうですが正直に言うと、何も考えません。無(ム)です。
一つ一つの事をキチンキチンとする、徹底する、謙虚にやる、気魄を持ってやる。と、いつもの通り。
強いて言えば、①涸沢岳からの下り、②北穂からの下り(飛騨泣き)の2つに気をつける。後は、北穂への登り、南岳への登りはリズムよく登る。
と、あまり大した計画ではありません。落石、人に気をつけて。

3日目:9月22日、月曜日。奥穂高山荘から槍ヶ岳山荘、上高地へ
奥穂高山荘を5時に出発。涸沢岳からの鎖場をヘッドライト使用で下りたくありません。涸沢岳からの鎖場は、明るく周囲が見える状況であって欲しいので出発は5時としました。
涸沢岳からの下りを楽しみました。鎖、梯子、岩場、すべてを楽しめるようになりました。
唯一のステンレス梯子にかかりました。すると、モルゲンロートに輝く槍ヶ岳、美しい。
こんなシャッターチャンスはありません。モルゲンロートに輝く瞬間は恐らく10分もないくらい。
梯子は、普通は危険なのですが、両足で踏ん張り、右腕を梯子に通すと立派に3点支持です。岩場に立って写真を撮ると両足だけの支持になるので、梯子のほうが安定します。吃驚。
というわけで、ステンレス梯子の中ほどから、朝焼けの槍ヶ岳、写真撮影。

モルゲンロートに輝く槍
写真を撮ったステンレス梯子
右側の日影のなかに銀色の線
鎖、水平道。落ちたらアウト

奥壁ブロードバンドを歩き、北穂へとしっかり登り、北穂山頂到着。
北穂小屋のテラスで、残りのパンをかじりました。テラスで写真を撮っていただき、すぐに出発。

色づき始めた前穂登板待つ涸沢

前日、奥穂岳山荘から北穂までどれくらいかかりますかと、酔客が長野県山岳遭難救助隊の人に尋ねていました。救助隊の人は、「その人にもよるけれど、1時間半から2時間くらいかなあ」と答えていました。
そんなに早く着くのかなあと思っていたら、1時間37分でした。

長野県山岳遭難救助隊、格好いい。
ありがとうございます。

飛騨泣きもあっという間に通り過ぎ、長谷川ピークを越え、南岳小屋には9時7分到着。

凄い場所に建っている北穂小屋
夏は撮れませんでした。
北穂小屋の写真を撮るためにstylus 1sを購入しました。
F2.8 300mm

南岳、中岳、大喰岳を経て、槍ヶ岳山荘には11時15分に到着。

南岳中岳大喰岳

この間、怖いのは人と落石でした。
ツアーの人たちは、お構いなしに突っ込んで来ます。石も落とします。
自分とすれ違った後、中岳の中腹から、その人たちは落石が起こしていました。
あんなところで。最初は、人が落ちたのかと目を凝らしましたが、幸いなことに石だけです。石のなだれのような感じで、凄まじい轟音でした。
西穂山荘のご主人が言われた【落石の音】、こんな音かなあ。あれが人なら、もちろん助かりません。自然の驚異を感じました。
槍ヶ岳山荘につくと、あたりは人だらけ。
山荘でカレーライスを立ち食い。落ち着いて味あう時間も、場所もありません。
槍ヶ岳山頂はもういいかなあ、槍ヶ岳を無理して登る必要はありません。人が多すぎて、槍ヶ岳はパスしてそのまま下山することにしました。

無残やな メット(s)の下の 槍ヶ岳

槍ヶ岳山荘11時30分出発。
槍沢ロッジ、13時40分着。
ここも、人。考えて、槍沢ロッジをパス。上高地の定宿、西糸屋ホテルを目指すことにしました。電話しますがつながりません。槍沢ロッジ13時45分発。
足は、何ともありません。今シーズンも終わりに近づき、一寸欲が出て、足に負荷をかけてみたくなって、少し早歩きをしました。
徳澤園で、西糸屋ホテルにやっと電話がつながりましたが、登山客用の部屋も一杯だそうです。
夏、西糸屋ホテルの登山客用の部屋に泊まりました。格安で、温泉付き、温泉からは、Gendarme-奥穂がみえます。ユーホステルみたいで2段ベッドできっと空いてると思いましたが、残念。流石はシルバーウィーク。
上高地バス停には16時40分到着。槍沢から3時間弱。
バス停には長蛇の列。
新島々に行く便は2便でており、運良く、17:20のバスに乗ることができました。
最終バスは18時だったので危なかったかもしれません。
沢渡や平湯温泉行のバスに乗る人たちはどうなったでしょう。バス停から河童橋のほうまでバス待ちの人が連なっていました。
私は、上高地から新島々まで、バス、その後列車で松本へ。松本では宿はとれず、そのまま特急ワイドビュー信濃に飛び乗り、名古屋に22時45分到着。
名古屋の常宿に宿泊。ゆっくり汗を流しました。
翌日は朝からゆっくり新幹線でのんびりと帰りました。
新幹線でのんびりと朝からワインで乾杯。幸せ。
秋山 第一弾 終了。

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アポイ岳
2016/6/1

念願の花のアポイ岳登りました。
2016年5月下旬、学会参加のため、ベストと考えていた時期よりも1-2週間遅くなりました。5月中旬くらいがいいのでしょうか。
アポイ岳は遠く、いくつものハードルがありました。
福岡から札幌へ、飛行機の直通便で行きたかったのですが、羽田経由になってしまいました。 2015年1月の高波の影響でJR日高線が崩れていて、まだ復旧できていませんでした。鵡川から様似まではバスの代行運転です。完全復旧には50数億円、簡易復旧の場合は30億円近くかかるそうです。日高線は、1年半経っても復旧できていません。傍目には、既にあきらめているようにさえみえます。
福岡空港を朝7時に出発、新千歳空港には10時55分到着、JR、代行バスを乗り継いでアポイ登山口のキャンプ場に到着したのは18時31分でした。

右がアポイ岳、中央やや右が吉田岳、左がピンネシリ
様似駅は日高線の終着駅です。今は列車は走っていません。
                   

テントを設営し珈琲を一杯飲み干し、移動で疲れて20時には寝てしまいました。
夜中に雨が降って、2度ほど目が覚めました。
朝3時30分起きると快晴。さすがに北海道の朝は早いですね。
5時に出発しました。
ユキワリソウの時期には少し遅かったようです。
5合目まで、ほとんど花は咲いていませんでした(終わったのでしょうか)。
5合目からはアポイアズマギクが咲き、馬の背から色彩々の花が咲いていました。でも、お花畑というにはvolumeが足りないかなあ。
楽しみにしていたサマニユキワリ、ヒダカイワザクラ。エゾオオサクラソウは咲いていましたが、ピークは過ぎていました。
とてもとても残念。
楽しそうににこにこ笑って咲いているサマニユキワリ、岩場に並んでいるヒダカイワザクラ、木陰に咲き競うエゾオオサクラソウ、見たかったなあ。

サマニユキワリサマニユキワリ
カンラン岩の地層馬の背

アポイ岳から吉田岳、幌満花畑と回り下山しました。
ヒダカソウは盗掘、温暖化などの影響で登山道近傍には咲いていないそうです。
パトロールの方にお伺いすると、登山道以外のところではひっそりと咲いているそうです。
お昼前に山を降りました。時間が余ったので襟裳岬へバスで回りました。

名高い襟裳岬登山道から様似の街並み

移動時間が長かったので、その時間を利用して、RCVSの論文、アロディニアの論文、オレキシンの論文、扁桃体の論文を読み、ゆっくり考えてみました。 アポイ岳、もう一度、登ってみたい山です。
次回、行くことがあればピンネシリまで足をのばそう。

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尾瀬 part 3 ~寄る年波には勝てず~
2016/7/7

肉体的 精神的 衰えを隠せない今日この頃。
長年、楽しみにしていたアポイ岳では、満足できる花の写真が一枚も撮れず、重い一眼レフ
(EOS-5+macro lens)を持って歩く意味がわからなくなり、今回の尾瀬では一眼レフを持って行くのは諦めました。
老いて、精神力と体力が、一眼レフの重さに負けたということでしょう。
尾瀬は3回目です。
今回の目標は、2つです。①鍾馗蘭と尾瀬草のphoto、②夏山の力をつける、です。
金曜日の仕事がはね、地下鉄に飛び乗り、福岡空港-羽田空港、浅草へ向かいます。
去年6月と同じく、深夜便(浅草23:55発)です。
列車・バスを乗り継ぎ、朝6時に尾瀬の北の玄関口、御池に到着しました。

1日目は、ちょっとマニアックなコースで、裏燧コース+八木沢コース+アヤメ平コースです。
裏燧コース。御池を出発し燧ヶ岳の北をトラバースし、見晴までです。
八木沢コース。見晴から富士見小屋までです。そして鳩待峠までは、アヤメ平コースとなります。
最後に鳩待峠から山の鼻へ移動し、山の鼻の尾瀬ロッジで宿泊します。
コースタイムは10時間(9時間30分と戸隠升麻の沢まで往復30分)です。
去年、登った燧ヶ岳には登りません、観光客で賑わう尾瀬沼や尾瀬ヶ原は歩きません。
ずばり、鍾馗蘭を探すためのマニアックコースです。
2日目は、至仏山で尾瀬草を探し出すコースです。
天気、体調など条件が整えば、2日目は至仏山から笠ケ岳にも足をのばす予定です。
1日目は距離が長く、今夏の劔-薬師の足慣らしのつもりです。

第1日
前日のヤマテンは午前中曇り、午後から霧雨を伝えています。
御池を出発すると上田代、天神田代と次々と湿原が現れてきます。
去年は6月末に尾瀬に来ました。今年は7月第1週。去年と1週間しか違っていません。 なんということでしょう、去年、可憐な姿を見せてくれた沢山の姫石楠花は、跡形もありません。
今年は、暖かくて雪が早々に解けて、花の季節が前倒しになったようです。
裏燧コースは、薄暗い山道を歩き、ほとんど、花は咲いていませんでした。
銀竜草は、たくさんあります。銀竜草は、葉緑素を持たないため、このような色をしています。

ぎんりょうそうギンリョウソウ
銀竜草ginryousou

よく似た鍾馗蘭を探すため、銀竜草を数えて眼を慣らしながら山道を歩きました。
裏燧コースを右手に折れ、三条の滝を眺めました。

三条の滝

鍾馗蘭を探しましたが、銀竜草ばかり。 去年、裏燧コースを戸隠升麻が咲いていたところまで戻ってみましたが、戸隠升麻も終わっていて、鍾馗欄も見当たりませんでした。
見晴到着、とても美味しい弥四郎の水を飲み、心を落ち着けました。
裏燧コースの三条の滝からの道との合流部付近で鍾馗蘭がみられるのではないかと思っていたのですが、思惑は外れました。

次は、八木沢コースです。すると沼尻川橋付近で、鍾馗蘭が目に飛び込んできました。
この色、素晴らしい。見落とさない色です。

息をのむ 鍾馗蘭

気を良くして、八木沢コースを登りました。このコースは地味ですね。
まだ、鍾馗蘭がないか目を凝らしながら歩きました。
富士見峠到着。名前からすると冨士山みえそうですが、天気は曇り、視界はありません。
引き続き、アヤメ平。名前からすると以前はアヤメがたくさん咲いていたのかもしれません。
こちらのコースは、人は疎らで静かな尾瀬を楽しめました。
池塘、田代からの燧ヶ岳、至仏山、いい眺めです。

燧ヶ岳至仏山

尾瀬の南の玄関口、鳩待峠に到着。ここから、山の鼻を目指しました。
鳩待峠-山の鼻間には、鍾馗蘭が咲いているとのネット情報を得ていたので、さらに目を凝らして歩きました。一株発見。沼尻川付近の方がきれい。
でも、やっぱり地味。
山の鼻、尾瀬ロッジで宿泊。尾瀬の山小屋にはお風呂があります。汗もゆっくり流せます。
深夜便で疲れたのか、すぐに眠ってしまいました。

2日目。 4時に出発し、至仏山-笠ヶ岳と考えていましたが、雨です。
笠ヶ岳は中止し、至仏山のみとなりました。
早く出発しても時間を持て余すので、5時に出発。
目指すは尾瀬草。
尾瀬草、写真でしか見たことがないので、探すのは難しそうです。
小さいし、地味だし、わかるか不安です。
ゆっくりゆっくり歩いて見つけるつもりです。
小さな花は全て尾瀬草に見えてしまう始末です。
たぶん、これでしょう、尾瀬草。
かわいらしい小さな花です。

尾瀬草尾瀬草

鍾馗欄、尾瀬草、目標達成しました。
至仏山、流石に花の名山、たくさんの花が、道々に咲いています。

ハクサンイチゲハクサンコザクラ
ヨウラクツツジ鍾馗蘭 2株め
ワタスゲカキツバタ
ベニサラサドウランタカネシオガマ

鳩待峠へ降り、戸倉の温泉でゆっくり。
尾瀬、暑かったなあ。
次は、何かを探したりせず、尾瀬でゆっくりゆっくり過ごしたいものです。
これまで、夏の尾瀬ばかりです。次回は秋色の尾瀬へいこう。
戸倉からのバスは沼田に到着すると、沼田の街は真田丸一色。
沼田駅で、尾瀬の酒をグイッと飲み干しました。

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剱岳-立山-薬師岳-2016真夏トレイル-
2016.08.18

2016年の夏山は、劔岳-立山-五色ヶ原-薬師岳のロングトレイルです。
7月28日17時仕事終了し、新幹線に乗り込みました。
今回は、剱岳の岩場があるので天候がとても気になります。
ヤマテンは、劔にattackする7月30日は霧を告げています。
梅雨明け十日と言いますが、今年の夏の始まりは太平洋高気圧の勢力が弱く、北アルプス周辺となり、夏山らしくなく、天候が崩れやすかったのです。
山陽新幹線、サンダーバード、北陸新幹線ツルギを乗り継ぎ、富山駅に着いたのは23時58分でした。駅前のホテルに宿泊。

第1日(7月29日)
富山市は早朝から真夏の快晴です。テレビの天気予報では、午後から山では天気は崩れるそうです。
第1日目は、富山駅から上市まで電車で移動し、馬場島までタクシー、馬場島から登山開始、早月尾根を一気に登り早月小屋までです。
前日、富山到着が遅かったので、朝はゆっくり起きるつもりでしたが、高齢となりいつものように早く目が覚めました。予定の列車より1時間早く、7時12分富山発の列車に乗車。上市には7時41分に到着し、予約していたタクシーに乗車しました。運転手の方は地元の方らしく、以前は畑であったところ、廃校なった小学校、廃村となっていく状況、などの細かな説明を聞きながら、馬場島に到着。
馬場島は、ここが立山室堂と同じ剱岳の登山口かと疑うほどとても静かなところで人も殆んどいませんでした。
8時30分出発。早月尾根は一直線に登るのみ。よく三大急登と言われますが、56歳の私の足は今のところ元気です。甲斐駒の黒戸尾根、燕の合戦尾根も登りましたが、普通に歩けました。
今回の早月尾根は、途中、一服杉などがありますが、むしろ景観はないと言っていいほどです。天気も曇りで、山はガスって何もみえません。静かな登山道を歩き楽しみました。12時20分到着。コースタイム5時間10分のところを3時間50分、足慣らしでゆっくり歩きこんなものでしょう。
早月小屋、展望もなく小雨もちらついて、小屋の中でゆっくり過ごしました。喉の調子も悪く、ノド飴、ロキソプロフェン、PL顆粒など内服し体調管理に気を付けました。
早月小屋は、ちょっと味気なかったのですが、食事は、とても美味しかったです。豚汁が美味しく、今回の山旅で、食事は早月小屋が一番おいしかったと思います。
明日の天気を心配しながら、19時に寝ました。
雨対策としては、①朝、雨が降っていたら、劔岳には行かず降りる。②劔岳に登ることができて、劔山頂付近で雨が降れば、雨の程度により、早月尾根を戻るか別山尾根へ下るかを考える。それに伴い、以降のルートを考えるなど、思いめぐらし休みました。

第2日(7月30日)
午前2時半には目が覚めましたが、3時までは横になって体を休めました。
3時始動、4時出発。
出発前までは星が出ていましたが、出発する頃にはガスが立ち込めました。雨はまだ降っていません。劔岳まで早月尾根を登りますが、下りは別山尾根です。劔の岩場を通り過ぎるまでは雨は降ってほしくないなあ。
途中で、中等度の雨が降り出し、ザックカバーをかけ、上着のみ雨具を着ましたが、雨は約10-15分程度であがりました。獅子頭の岩場を通り、劔岳には6時40分到着。
劔岳山頂は別山からの登山客で一杯でした。早月尾根を4時に出て、ずっと一人旅だったので、興ざめです。
ガスで展望はありません。2008年夏に別山尾根ルートをピストンで劔岳には登っています、今回が2回目の劔岳ですが、またも展望は得られず、とても残念でした。

7時には下山開始し、劔山荘には9時に到着。途中にカニのヨコバイなどの難所があります。
前回は、カニのヨコバイで、梯子に移動する時にフワッと浮く感じありすごいなあと思ったのですが、今回は、登山道に岩場があり、それにきちんと対処するという感じで、ここが特にカニのヨコバイという意識はなく、普段の岩場としてしっかり歩きました。8年間に自分も進歩したのだなあと感じました。山岳雑誌には悪いのですが、鎖や梯子がしっかりしていて、きちんと歩くとむしろ安全なくらいです。(雨が降ると難しさは激変すると思います。)
劔山荘で、食事をとりました。早月小屋のお弁当です。のり巻きと稲荷寿司、とても美味しくボリュームたっぷり、これを小屋でつくるのかと思うと感心します、とてもありがたいです。

剱岳山頂剱岳を目指す人たち
                     

次は、今回の山旅のひとつの目標である、真砂岳-大汝岳-立山ルートに入ります。前回は逆コースを歩いていますが、その頃は百名山の立山雄山、剱岳が目標だったので、しかも名古屋豪雨の日だったので、天候を気にしながら、途中の山々は登ったりパスしたりで、特に3015mの大汝山をパスしていました。今回はこれらの山々を楽しむ予定です。
雲はさらに厚くなってきています。午後からは天候は崩れるかもしれません。別山、真砂岳、富士折立、大汝山を経て立山雄山到着。
雄山は、言葉も出ないほど観光地?と化しており、感想はなにもありません。
雄山を降り始めると雨が降ってきて、小走りで駆け降りました。遠雷も聞こえます。
室堂山荘には14時20分到着しました。朝4時に出発したので10時間20分かかりました(剱岳山頂で20分、劔山荘で15分、立山雄山で10分と、休憩、食事、買い物、撮影を含む、こう考えていくと実際に歩いた時間はもっと短くなりますが、いつもこのような時間も含めて考えています)
前半戦の劔岳-立山雄山終了しました。天候に恵まれず、展望は全く得られず、心は晴れません。何のための夏山登山だったのか、雨もまた楽しというような山の達人の心境に遠く及びません。
室堂山荘は、以前来た時と比べると改築されており、お風呂はここが山小屋かと思うほどきれいです。シャンプーも石鹸も使えます。乾燥室の機能もよく、乾燥がよく効きます。
部屋は旅館みたいです。ここで完全にリフレッシュ。
3泊4日の山旅ですが、室堂山荘で完全にリフレッシュし1泊2日を二つ組み合わせた感じです。後半戦に突入します。

第3日(7月31日)
前半のヤマが劔岳の峻鋭であれば、後半戦のハナは五色ヶ原の優雅です。
3時起床、4時出発。
月が出ています。星もみえます。天候は期待できるのでしょうか。ヤマテンは晴れを告げていますが、残念ながら、今回の予報はあまり当たっていません。
晴れたりガスったり。
最初は浄土山です、室堂山展望台への道から左に折れ急峻な道となります。浄土山に着くと、ガスがかかった立山雄山を背に朝日が昇ってきました。荘厳な景色です。周りには誰もいません。

立山雄山ご来光竜王山

目の前には竜王山が拡がり、これを左に巻き、次いで鬼岳を右にまきます。山の名前、強そうです。
一瞬、五色ヶ原山荘がみえました。美しい。
獅子岳を越え、有名なザラ峠へ400m下ります。ここは佐々成正が徳川家康に会うために通った所だそうです。
ザラ峠を登り返し、五色ヶ原へ。するとガスがはれました。
素晴らしい五色ヶ原。たくさんの花が微笑みかけてくれているようです。
五色ヶ原山荘の人のお話では、ピークは過ぎているそうです。もう一度来たいところですね。今度は、五色ヶ原山荘に泊まり、黒部湖へ降りることにしましょう。楽しみが一つ増えました。
五色ヶ原山荘8時到着。室堂山荘のお弁当は、室堂山荘の規模やマンパワーを考えるとあまりおいしくない?、味というより心が感じられません。半分くらい食べ、後でまた食べることにしました。
五色ヶ原山荘8時20分出発。 (私は、山では4時間たつとお腹がすきます。時間を測ったみたいです。)

                    
五色ヶ原遠景五色ヶ原へ

次は越中沢岳です。五色ヶ原方向から眺めるととてもきれいな山です。
越中沢岳の右手にもう薬師岳がみえてきました。心躍ります。雲がなければ言うことなしというところですが、そうは上手くいきません。
越中沢岳到着、薬師岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳などがみえます。残りの半分のお弁当をたいらげました。
後はスゴの頭を登って下ると今日の目的のスゴ乗越小屋です。もう一寸。いいペースです。
大きな油断でした。越中沢岳からの下りは、登山道が急峻で崩壊も進んでいます、劔の登山道よりも危ないくらい?です。慎重に下りました。越中沢岳は、五色ヶ原方向はたおやかですが、薬師方向は大変です。
情報不足でした。後で本を読み返してみるときちんと荒れた道と記載されていますが、それ以上の印象を持ちました。かなりの注意力を使い消耗しました。
スゴの頭を過ぎ、ゆっくり下るだけです。ガスがかかってきました。12時になり、下り道で水分をとり、ここでなんとペチャンコ水筒に残った500mlの水で頭の汗を流しました。
恐らく、軽い脱水になり正確な判断ができなくなっていたのだと思います。以前、どこかの山小屋で、ペチャンコ水筒に残した水で頭を流しリフレッシュして、気持ちよかったことが頭をよぎったのだと思います。腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)に行った感覚を海馬から引出し前頭前頭野(PFC)からその指令が出て、正確な判断ができない状況でその行動に及んだと考えられます。
すぐに着くと思っていたスゴ乗越小屋にはなかなか着きませんでした。ここで、何ともないところで右足を内反し挫いてしまいました。右足内反捻挫。痛みがあります。やはり注意力が低下したのだと思います。去年の尾瀬で挫いた右足です。その時は外反でしたが、今回は内反です。挫いた時点での自己診断では、自分が作ったグレードでは2に相当します。暑さ、大量の汗、脱水、朝からの歩行による疲労と油断でしょう、驕りもあったのかもしれません。
大きな失敗でした。


  1. スゴ乗越小屋はもうすぐだと思ったこと。
  2. 水を使い切ったこと。今まで水を使い切るということはありませんでした。何かに備えて水は少なくとも500mlは残していました。
  3. 今日泊まるスゴ乗越小屋は小さな小屋でとても1枚の布団に1人が寝れる状況は難しいだろう、汗をたくさんかいて、今のうちに汗を流しておこうと考えてしまったのです。
  4. 気温が予想以上にあがっていたと思います(下界ほどではありません)
  5. 疲労・不注意からきた右足関節の内反捻挫
  6. 地図を確認していなかったこと(山の本の地図のみ確認していました)

                    
越中沢岳スゴ乗越小屋

スゴ乗越に着いてみると、スゴ乗越小屋は何処にもありません。これまではヤマケイアルペンガイドの本を参考に山行を進めていましたが、始めて地図を開きました。
スゴ乗越から登り返さないとスゴ乗越小屋には着きません。わずか20-30分でしょうが、心の中に少し動揺が走りました。暑い、水は使い切った、これまで真夏の山道を8時間以上歩いています、右足関節捻挫の程度も正確にはわかりません。ザックには、非常用のゼリーの水分があるだけです。
登り返しても汗が噴出するだけで、スゴ乗越小屋には全く着きません。
そこに小屋があると思って着いてみると2本の木が高く立っているだけでした。すぐそこだという希望からくる幻覚でした。これを2回繰り返しました。これはまずいと思い、小休止し非常用のゼリーを飲み干しました。それから、ゆっくりと登り返すと、直ぐにスゴ乗越小屋到着しました、13時でした。3日目は9時間の山行でした(五色ヶ原山荘で20分、越中沢岳頂上で15分程度の休憩を含む)。
水を大切に使わなかったこと、スゴ乗越小屋がスゴ乗越にあると思い込んだこと、下り道で捻挫したことなど、、、を反省しました。
7月31日は日曜日でスゴ乗越小屋はガラガラでした。前日の土曜日は70人が宿泊し一杯だったそうです。
早速、スゴ乗越小屋で体のケアにはいりました。右足の捻挫は思ったより軽症でグレード1に訂正。左膝の外側、大腿二頭筋の腱付近、大腿筋膜張筋の腱に痛みがあるようでした。右足関節と左膝に湿布をし、RICE療法を心掛けました。
思い返すと、7月26日(火曜日)が当直で当直室のクーラーがあわず(ホコリが舞う)、上気道に炎症をお越し、富山のホテルのクーラーの温度調節に失敗し、喉が完全にやられていました、新大阪駅で龍角散ノド飴を富山駅付近のコンビニでカンロのど飴を購入し、これらを使いながらの山旅でした。夜はPL顆粒を内服し、ロキソニンを1日に2回ほど内服し、上気道の炎症を抑え込んできました。その他の体調には問題ありませんでした。
スゴ乗越小屋では水分を十分に補給し、小屋からの眺めは素晴らしく、赤牛岳、越中沢岳、ほんのちょっとだけ立山雄山もみえているようでした。これらの景色を堪能しながら珈琲を楽しみ過ごしました。
スゴ乗越小屋では、小屋の人に今日は何処からきて明日は何処に行くのかを尋ねられました。今日は室堂山荘から、明日は折立へ降りる旨を答えました。それを誰かがきいていたようです。お二人がみえて、今日室堂山荘から来たのかと再度尋ねられました。はいと答えるとつくづくと自分を眺めておられました。彼女らは、室堂の方から、五色ヶ原山荘、スゴ乗越小屋と刻んで2日かけてきたそうです。登山の本にはそのように勧められています。
人それぞれです。今年行われたトランスアルペンジャパンでは、富山から北アルプス、中央アルプス、南アルプスを経て静岡まで、優勝した望月将悟選手はわずか5日間で駆け抜けています。
スゴ乗越小屋では早めに休みました。夕食は美味しく本格的なヒマラヤ風カレーのサービス付でした。喉の状態は、かなり良くなっています。

第4日(8月1日)
最終日です。3時起床。準備を終え、小屋の前で朝食。満天の星空です。最高です。北海道の大雪山や南アルプスの荒川小屋、穂高山荘と同じ、信じられない無数の星空です。
20分程、満天の星空を眺めました。幸せ。流れ星も美しい。早すぎて願う時間などありませんが、準備をしていくつか願い事をしました。
月があがってくると、満天の星空の星の数が吃驚するほど減ってきました。
4時出発、最終日です、やっと夏空が期待できます。
間山到着。ここで朝日を待ちます。北に、これまで歩いてきた劔岳、立山、浄土山、獅子岳、越中沢岳がみえ、お隣には、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳、針ノ木岳。これから歩く南方には薬師岳のピークがわずかに見えます。東には、水晶、鷲羽、そして槍ヶ岳、穂高が顔を出しています。
素晴らしいとしか言いようがありません。

朝焼け、剱岳・立山・五竜岳・鹿島槍ヶ岳・針ノ木岳
今回、登ってきた剱岳と立山、そして薬師岳頂上

青空のもと天空の山歩道を歩き、薬師岳到着。
薬師岳頂上ではゆっくり過ごしました。
今回の山旅を振り返り、感極まっていたら、あっという間にガスがあがってきて天空の絶景はあっという間に終了。
太郎平小屋を10時に通過、折立には12時10分到着しました。
2016年夏山終了。

富山駅で美味しいおさかなとビールを頂き、富山駅のホテルで宿泊し8月2日に朝から帰宅。
帰宅するとこれまで何ともないと思っていたのですが、手首や足首が妙にむくんでいます。
高山から降りたらよくあることですが、4-5日続きました。
いつもと違います、浮腫が続き過ぎている。
おかしい。もう、原因を高山による気圧の変化にすることはできません。浮腫に効果のある五苓散もあまり効果ありません。
心当たりがあります。
私はもともと脳神経外科医で脳卒中医です。脳や心臓の血管はぺらぺらの方がいいと思っています。血圧はそれほど高くないのに降圧剤を内服しています。血管が筋肉モリモリにならないようです。紙切れみたいな血管では詰まりにくく脳卒中や虚血性心疾患にはなりにくいですよね。ARBという降圧剤を内服しています。
これに利尿剤とNSAIDs(ロキソプロフェン)を内服するととてもよくないことがあります。
そういう知識をもっていた筈です。
今回の山旅は真夏で、汗が大量に出て脱水です。利尿剤内服と同じ状況です。
つまり、私は、そんな知識がありながら、同じような状況下でNSAIDs(ロキソプロフェン)内服というそんな危険な事をやっていたのです。
1週間もすると浮腫は改善。
鎮痛剤は、アセトアミノフェンも準備しなければならないということを痛感しました。
秋旅まで、心身を休めます。
秋旅楽しみ。

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秋の涸沢・天狗池-2016-
2017/11/04

2016年秋、念願の紅葉の涸沢、日本一の紅葉に会ってきました。
一年前の事です。
いつものように、仕事を早めに切り上げ、博多から名古屋、松本へ向かい、松本で宿泊。

第1日
早朝起床。
松本から朝一番(5時30分発)のバスで上高地まで入ります。乗り換えなしで松本から上高地までの直通バスです。
第1日の行程は、上高地から涸沢まで、ゆっくりモード。
上高地には7時05分到着。平日ですが登山客で一杯です。流石、秋真っ盛りの上高地。
下山後に宿泊予定の西糸屋ホテルに荷物を預け、出発します。
天気は小雨。ガスっています。
河童橋から梓川に沿って、楽しく歩き、横尾山荘まで平坦な道です。
この道は、いつも、どんな天気でも楽しい。
横尾大橋を渡ります。ここには立派な桂(かつら)の木があります。
本谷橋を渡り、ひと登り。涸沢ヒュッテには12時半頃到着しました。
老若男女、一杯です。皆が、日本一の秋山を堪能しています。

なんと、NHKの放送クルーがスタンバイしています。
【小さな旅】のクルーのようです。NHKアナウンサーの山田敦子さんもいらっしゃいます。
涸沢はガスっていますが、時間とともに微妙に視界が変化して、眼と脳を楽しませてくれます。
ヤマテンは、2日目の午前中は天気がよいと伝えています。
ということは、朝、あの光景がみれるということです。
涸沢のモルゲンロード!!

第2日
当初は、2日目は、涸沢を心行くまで味わい、それから穂高に登り、3日目はパノラマルートか大キレットを考えていましたが、ヤマテンは、3日目の荒天を告げました。
3日目のパノラマルートか大キレットの予定を変更しました。2日目に、朝一番の涸沢のモルゲンロードを存分に楽しんで、その足でパノラマルートへ屏風の頭まで登ります。
涸沢に戻り、そこから穂高に登頂することに変更しました。
雨のパノラマルートや大キレットは、とても歩きたくありませんから。

涸沢のモルゲンロード、最高です。
朝、早起きして午前4時30分から、良い場所でその瞬間を待ちます。大勢が思い思いに、それぞれのよい場所でその瞬間を待っています。
すると、NHKのクルーがやってきました。私達の後ろにカメラを構えました。そして、「私たちは、天候が悪くて、1週間ここで待って、今日の日を迎えたので、どうか、立ち上がらないで下さい。」と言われました。
つまり、立ち上がらないでそのまま座っていてくれということです。
私は、了解しました。
すると、一人のうら若き女性が、「私なんか10年も待っていたのよ」と仰いました。至言。
NHKのスタッフは沈黙していました。

この秋、最高のショーが始りました。歓声があがります。

涸沢岳 モルゲンロード
涸沢岳 モルゲンロード
奥穂 モルゲンロード
北穂 モルゲンロード
涸沢小屋 モルゲンロード
北穂 最高のショーも終焉

言葉になりません。私は立ち上がらないつもりでしたが、思わず立ち上がり、拍手喝采。
その証拠が、NHKの小さな旅のエンディングで流れていました。私がなんとNHKの小さな旅に出演(?)したのです。後ろ姿だけですが。

パノラマルート、最高です。
涸沢のモルゲンロードを楽しみ、パノラマルートへチャレンジ。
そして、屏風の頭に立ちます。最高です。
秋の北アルプス独り占め。

屏風の頭から 槍と大キレット
屏風の頭付近から 奥穂と涸沢
屏風の耳付近から 前穂

このままもう少しこの場所(屏風の頭)にいたかったのですが、残念ですが涸沢に戻ります。
涸沢から奥穂へザイデングラードを登ります。
秋空と紅葉、見事。

涸沢、定番
                   

屏風の頭付近屏風の頭と常念
ザイデングラード 奥穂をバックにザイデングラード 涸沢岳をバックに

穂高山荘には、早く着いたので、いつもの北岳12のスペースを確保し、一枚の布団に一人。
奥穂高岳をひと登り。

奥穂から槍
最高です
奥穂からジャンダルム
最高です

穂高の午後をゆっくり堪能。
珈琲をいれ、干し柿やら栗やらでできた秋の和菓子を食べ、秋山を満喫しました。
小屋は人で一杯です。

第3日
天候は小雨、ガスって天候は回復しそうにもありません。
パノラマ新道に行くわけでもなく、大キレットに行くのでもなく、手持無沙汰で、穂高山荘をゆっくりと出発。
雨のザイデングラードを楽しみながら涸沢を経て、横尾山荘へ。
天候回復の兆しがあれば、そのまま、天狗池へ足をのばすつもりでしたが、天候が悪く、槍ヶ岳山荘に向かいました。
第4日は、天候が回復しなくても、天狗池に行くつもりです。
小雨、ガスです。
ヤマテンは微妙な予報を出していますが、天候は改善しません。
槍ヶ岳で宿泊。人で一杯。

第4日
ガス。小雨。
視界不良の槍ヶ岳に登る必要もなく、あせりもなく、天狗池を経て、下山するだけですから、天候回復を信じ、ゆっくりと出発します。
天狗池到着。天候は少しずつ良くなってきましたが、槍の穂先のガスがきれることはほとんどありません。
2時間、天狗池で粘りましたが、槍の穂先がみえたのはここまでです。

サカサヤリ ここまで

また来なさいということでしょう。とても楽しみです。
上高地まで下り、西糸屋ホテルに宿泊。温泉で汗を流し、祝杯。

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雲の平-高天原-2017真夏トレイル/新グランドスラム達成-
2017.08.12

2017年夏。昨年に続き富山駅に立っています。
曇天。台風5号が太平洋で迷走し、小さな台風は発生しては消滅を繰り返し、梅雨前線は消えないままです。
例年、梅雨明け十日は快晴を信じ、この時期に夏の山旅を計画します。
天気予報は、週間予報は良かったのですが、ここにきて一気に急変。
大雨にならずとも、雨は降り続きそうです。
当初計画した、雲ノ平、水晶岳、高天ヶ原の反時計回りコースは、最終日に高天原から大東新道を下りなければなりません。
水量が多くなると危険?と考えて断念し、雲ノ平、高天原、水晶岳、黒部五郎岳の時計回りコースに変更しました。
大正解。
山旅計画です。

第一日 折立ー太郎平ー薬師沢小屋ー雲ノ平山荘
第二日 雲ノ平山荘ー高天原温泉ー竜晶池ー水晶池ー岩苔乗越ー水晶小屋
第三日 水晶小屋ー水晶岳ー水晶小屋ー鷲羽岳ー三俣蓮華岳ー黒部五郎小舎
第四日 黒部五郎小舎ー黒部五郎岳ー太郎平ー折立

第一日 折立ー太郎平ー薬師沢小屋ー雲ノ平山荘
曇り。
富山駅前 午前5時15分出発、タクシーです。
午前5時発の折立行のバスが予約で一杯で予約が取れませんでした。
お金は余分にかかりましたが、ゆっくり座れて、時間もバスに比べてゆっくり出発し、その上、早く着きました。
登山前に重たいザックを抱え、狭いバスの椅子に二時間、ギューギュー詰めで座るより、肉体的精神的に安全な選択でした。
折立から太郎平まで、下り道は、これまで二度利用したことがあります。登りで利用するのは初めてです。
折立から三角点までが木々の中を湿った滑りやすい急登、そこからは歩きにくい浮石だらけの比較的平坦な道です。
いずれも、性格は全く違いますが、スリップ注意、転倒注意。
小雨が降ったり、霧雨、ガス、曇り、こんな天気が、めまぐるしく変化します。

今回、奥駆に備え、①アイベックス150の長袖シャツ、②ガーニーグーというクリームを試してみました。
①これまでアイベックス200を持っていましたが、アイベックス150は、夏用です。結果は◎。汗冷しません。二日間は汗臭くなりません。
②ガーニーグー 驚異の◎。靴擦れ全くしません。南アルプスで、左足踵ーアキレス腱のつけ根付近エグれるような靴擦れをおこして以来、癖になっていた?ようです。最近は、靴擦れ防止のため、広めのバンドエイドや靴擦れのバンドエイドを多用していましたが、その苦しみからも解放されそうです。
太郎平でパンを食べ、午前10時30分から、薬師沢に下ります。ケガを起こしやすい場所です。途中、渡渉橋をいくつか渡ります。
薬師沢小屋到着。相変わらず曇天ですが、雨はあがったようです。

                    
太郎平山荘雲の平は雲の中
薬師沢薬師沢小屋
                    

ここから、直登です。
直登、耐えること二時間。
アラスカ庭園到着。今年、最大の目標であった雲ノ平です。
天気が悪いためか、年齢のためか、感動があまりありません。
雲ノ平をどんどん進んでいくと、奥日本庭園やら祖母山、そして、あの雲ノ平山荘が見えてくると、一気にテンションは高まります。
お花畑はピークを迎え、足りないのは強烈な太陽と青空、積乱雲でしょうか。
雲ノ平山荘到着。

                                         
雲の平山荘雲の平、奥日本庭園
 

NHKBSで、日本百名山で鷲羽山、水晶岳のガイドをつとめられた検見崎さんは、雲ノ平を楽しんでくださいとおっしゃっていました。
早速、荷物を置き、雲ノ平散策に出かけます。

1)祖母山、アルプス庭園
ハクサンイチゲ、チングルマ、イワカガミ、アオノツガザクラ、イワイチョウなどの高山植物が咲き競い、至る所に池塘、奇岩などが配置されています。高揚した心持ちで、この中を歩いていくと祖母山・アルプス庭園に到着です。
なんと、雲間に槍ヶ岳がみえます、素晴らしい。アルプス庭園の名に恥じない素敵な光景です。幸せ。
珈琲をいれ、至福の一時。雲っていますが、水晶岳も顔をのぞかせています。
夕食は、第三グループの18:15からです。まだまだ時間があります。
検見崎さんオススメのスイス庭園へ。

                    
アラスカ庭園から水晶岳そして、槍ヶ岳

2)スイス庭園
周囲の山々には雲がかかり、あっという間に水晶岳は見えなくなりました。
スイス庭園からは、遠くに赤い屋根の山小屋が見えます。そして小さな池も見えます。
その山小屋や小さな池が、一体、何?。この時は、その山小屋や小さな池が、どこかわからなかったのです。
地図を考えるとすぐにわかるのですが、スイスの世界に入り込み、何処かわからなくなるほど興奮していたのです。
翌朝、雲ノ平山荘から、ボーッと朝の景色を楽しんでいました。すると、隣にいたキレイな若い山ガールが、偶然、居合わせたNHKBSでガイドをつとめていた検見崎さんを見つけ(唖然!)、スイス庭園から赤い屋根の可愛らしい山小屋が、とまで、尋ねかけたところ、検見崎さんは、【たかまですよ。】と即答していました。
高天原は、達人は、たかまと呼ぶのか。なるほど。
私は高天原をなんと読めばいいのかわからず、たかあまがはら、と読んでいました。
これからは、たかまと呼ぼう。

                    
スイス庭園スイス庭園
スイス庭園から高天原山荘スイス庭園から水晶池

第二日 雲ノ平山荘ー高天原温泉ー竜晶池ー水晶池ー岩苔乗越ー水晶小屋
曇り。朝のうちは、やや明るい。途中から小雨。
雲ノ平から滑りやすい木の根に注意しながら、急坂を下ります。
高天原山荘到着。小屋の前には、お花畑が広がっています。
秘湯高天原温泉、竜晶池まで足を伸ばしました。

                    
高天原山荘龍晶池
高天原温泉高天原温泉 幸福

高天原温泉は、青白色の温泉です。湯加減もちょうどいい。天上の楽園、快也。
ここから水晶岳へ登るコースもあるそうですが、危険?なようです。大岩がゴロゴロしています、登山道に選ばなくてよかった。
高天原小屋まで登り、水晶池へ向かいました。

想像以上に素晴らしい。
有名な赤沼ガイドは、竜晶池を勧めていましたが、今日ばかりは、私はこちらの水晶池を勧めます。
翌日、黒部五郎小屋の方と話したら、その方が行かれた時は干上がっていたそうです。
小屋の方でもみたことがない素敵な世界だったのです。
今回の山旅でのベストショットです。

水晶池 静寂 part 1
水晶池 静寂 part 2

水晶池から、急登、急登。小雨。ガスで視界不良。
大きな雪渓です。今年の雪は深かったそうです。
雪渓と黒部源流に沿って急登を登りつめます。
岩苔乗越に到着、一安心。
ワリモ北分岐を経て水晶小屋に到着しました。
水晶小屋に到着すると、すぐに雨足が強くなってきました。
早く小屋に入れてホッと安堵しました。

水晶小屋は、私の記念すべき北アルプスデビュー、2008年7月裏銀座コースで泊まったことがあります。
数多くのことを教えてもらいました。
当時は、大雪山登山を一通り終え、捲土重来、北アルプスにチャレンジしたのです。
当時、泊まった水晶小屋は、盛夏、一枚の布団に3人という苛酷な状態でした。
両隣、その隣、足元と強烈なイビキで、全く眠れず、朝4時頃にウトウト出来ただけでした。
水晶小屋のスタッフは、暖かで、夕食のカレーは、野菜たっぷりで美味しく、良い小屋でした。しかし、私の山旅の中で全く眠れなかった最悪の思い出しかありませんでした。

今年、水晶小屋がトイレを改築され、7月28日からの営業でした。私は水晶岳に辿り着いたのは7月29日です。
電話で前もって予約しましたが、既に一杯で予約は断っているとの事でした。
行って泊まれないのかとおききすると、山小屋だからそんなことはありませんとの御返事。
行ってお願いするしかない、一枚の布団に3人を覚悟しました。
あれから、10年、何かしら会得しているでしょう。
すると、前回とは全く違っていました。
天候不良でここまで足を伸ばすことができなかったのでしょうか、予約で一杯の、お断りが功を奏したのでしょうか。
定員34名に34名宿泊で、一枚の布団に一人。快適です。20時から1時間音楽を聴き、21時から4時まで熟睡。
オレキシン受容体拮抗薬ベルソムラ内服しています。中途覚醒もありません。
スタッフの数も増えて、ゆったりしています。
掻き入れ時の真夏の週末に定員通りでは、売り上げが心配です。
カレーは、美味しかったのですが、前の方が、素人ぽくって美味しかったかなあ、山小屋のカレー。
今回も、お肉、野菜タップリ。チョット、味が薄め、コクがない?

                    
水晶小屋水晶小屋のカレー

第三日 水晶小屋ー水晶岳ー水晶小屋ー鷲羽岳ー三俣蓮華岳ー黒部五郎小舎
水晶岳ピストン、今回もガスで全く見えず。視界は今回の方が不良でした。
お花は、前回と比べ物にならないほどで、百花繚乱。
花も天気が良くて青空に映えるのでしょうが、残念。
ガスで視界不良、小雨ちらつき、ワリモ岳、鷲羽岳、登頂通過のみ。
楽しみにしていた三俣山荘カフェに寄ります。
10年前、此処で美味しい山の珈琲頂きました。北アルプスのなかで一番?
味、雰囲気、此処が最高です。
今回はケーキセットを頂くことにしました。
すると、御高齢の団体様が、ガヤガヤと入ってきて、静かな山のcafeの雰囲気は無くなってしまいました。退散。

                    
三俣山荘カフェ、最高珈琲とケーキを楽しむ

外に出ると、雨は強まっています。
ガスで視界もなく、予定していた黒部源流プレートのピストンは中止しました。
三俣蓮華岳登頂。今回で3回目、1度目は2008年の裏銀座、2度目は、2012年の笠ケ岳、黒部五郎岳、薬師岳縦走の時です。
今回、花がとてもキレイで、頂上付近は、以前に比べてとても綺麗でした。
前回、三俣蓮華岳から黒部五郎小舎に降りた時は、薄暗い木立の中、雨で滑る岩の多い急坂を注意しながら降りた嫌な記憶があり、今回も覚悟して降りました。
するとどうでしょう、道が整理されたのでしょうか、私の記憶違いでしょうか、そのような道もわずかにあるのですが雪渓やお花畑に迎えられながら、黒部五郎小舎到着しました。

黒部五郎小舎は、数ある山小屋の中でも大好きな小屋の一つです。第一に食事が美味しい。私が知っている山小屋の中では一番です。サクサク揚げたての天ぷら頂きました。かぼちゃやさつまいもなど野菜もタップリ。
今回の山旅では、初めて、全ての山小屋で朝食を頂きました。どれも美味しかったのですが、やはり、黒部五郎小舎が一番でした。朝からご飯が炊いてあるようでした。
お昼のお弁当も美味しかったですが、私の場合、お昼ご飯は、行動食の延長なので、雲ノ平山荘や水晶小屋のように、おにぎりが食べやすく、また、一つだけ食べ、一個は後から食べることができるのでなど、おにぎりが便利かなあと思います。
黒部五郎小舎には早く着いたのです、コーヒーを入れて頂きました。そしてスティック状の粉末コーヒーも頂きゆっくり過ごしました。
2012年の時も、小屋の外は雨で、電子書籍の北方水滸伝を読みました。今回、また、北方水滸伝、九紋龍史進と王進の出会いの所を読みました。水滸伝は、その後、楊令伝、岳飛伝と続いているようですが、水滸伝を読んでいた時のような感動はありません。岳飛伝を最近、文庫本で読み始めましたが、九紋龍史進は、現在のところ、健在です。ゆっくり過ごしました。
明日の天気もわかりません。此処までくると、歩けたらいいかというのが正直な気持ちです。
天候のためか、キビタキの部屋は、布団が8枚敷けるのですが、4名です。楽チン。

                    
雨の黒部五郎小舎夕食、美味

第四日 黒部五郎小舎ー黒部五郎岳ー太郎平ー折立
最終日です。曇天ですが、これまでと違ってガスがありません。山には雲がかかっていますが、雲は流れています。雲間に青空も見えます。
何かしら期待が持てます。
黒部カール到着。

                                         
ガス、黒部五郎カール奇跡を祈る

以前は、黒部五郎カールと山の雑誌などで見た時、どんなところか、カールってどんな所?と胸ときめかせましたが、現在はそういうこともありません。雲が動いています。ひょっとしたら、黒部五郎岳、カール見えるかも?。
カールが見えてきましたが、まだ、山頂は見えません。
つづら折りの急登を登って行くと、奇跡でしょうか、青い空と、黒部五郎岳、カールが目の前に広がるではありませんか。
喝采。天空のショーが始まりました。流れる雲、青空、黒部五郎岳、カール、槍ヶ岳、穂高岳まで見えます。絶景。

                                         
ガスが動きます信じられません
奇跡でしょうかエクセレント

一瞬の出来事でした。黒部五郎岳の肩に到着するとガスが立ち込め、全てのショーは終焉を迎えました。
何も見えない黒部五郎岳の頂上を楽しみ、下山。

                                         
黒部五郎カールブロッケン現象のおまけつき。

視界不良、曇天。
時折、視界が開けます。
よく見ると前方を雲ノ平で 見かけた山ガールは、駆け下りています。足どりが軽い。素晴らしい。
すぐに見えなくなってしまいました。
私は、あのように軽やかには走れません。
太郎平小屋を経て、一路、折立へ。

太郎平小屋付近では、富山県警ヘリコプターでの救助訓練が行われていました。
太郎平小屋では天気は回復し、私が歩いてきた山々や雲ノ平をみせてくれました。
天候にあまり恵まれず、辛いことの多い山旅でしたが、この素晴らしい景色は、神様からの贈り物でしょうか。
富山市が、此処ら付近の4つの百名山と雲ノ平、高天ヶ原を称してグランドスラム登山と称しています。
雲ノ平、高天原、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳と周回登山ができました。
薬師岳はこの周回から離れています。
私にとって、これこそがグランドスラムと感じました。(新グランドスラムと勝手に称します)

新グランドスラム。
水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳。

折立からバスで富山駅にもどりました。
テレビで見たことのある、お酒を飲んだらいけないお寿司屋さんで美味しいお寿司を頂き、ホテルでひっそり宇奈月ビールで祝杯をあげ、天候不良の夏山終了。

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三年目の正直-下の廊下-
2017/10/12

昨年、一昨年と、阿曽原温泉とロッジクロヨンを予約しました。下の廊下を歩くためです。
しかし、台風や秋雨前線などのため、悉く中止しました。
2017年の山旅は、天候不良のため、殆んど中止に追い込まれました。
2017年9月に予定した【仙人池コース 3泊4日】も、台風18号のため、あきらめました。
仙人池コースは、毎年計画しては中止を繰り返しています。
あきらめきれず、2017年は、10月に仙人池コースを延期しました。
10月6日(金)-10月9日(月曜日)の3泊4日です。
私の仙人池コースとは、室堂-大日岳-剣沢小屋-剣沢雪渓-仙人ヒュッテ-雲切新道-阿曽原温泉-欅平のコースです。
しかし、やはり、10月6日と7日は、ヤマテンは、雨の予報を出しました。特に7日は難しいようです。
再度、中止を決定しました。

8日と9日は晴れのようです。
下の廊下に予定を変更しました。
ロッジクロヨンの予約はとれましたが、阿曽原温泉の予約が一杯で、予約できませんでした。食堂に寝ることが可能で、お断りではありませんでした。
10月5日(木)夜遅く、阿曽原温泉のHPで下の廊下の開通を告げていました。行きましょう。

10月7日 土曜日
博多を朝早くに出発し、信濃大町までJRで移動し、黒部ダムまでバス移動。
バスを降りると黒部ダムは、ひんやりと雨模様でした。
雨具を着込み、ロッジクロヨンまで傘をさして徒歩移動。
225号室、2段ベッド。快適です。お風呂もあります。食事もおいしい。

10月8日 日曜日
皆さん、朝が早い。
私も3時30分起床。5時に暗闇の中、ヘッドライトをつけて出発しました。
8月9月と良いトレーニングができなかったので、ゆっくりゆっくり。
無理をしないで、気持ちに余裕をもって。
綺麗な月がみえています、夜半まで雨は残ったのでしょう、道はまだ濡れています。
黒部ダム到着。
しかし、登山口に降りるところがわかりにくい。
ガイド登山らしい一行をみつけ、移動します。ガイド登山の人たちはハーネスつけていますね。
私はヘルメットのみ。
ほぼ一本道。
急遽、今回の【下の廊下】の山旅を決定しました。知識は、山と渓谷社の劔・立山連峰の【下の廊下】を読み、阿曽原温泉のHP(これが一番いい)を熟読したくらいです。
黒部ダムから九十九折の林道を下っていくと、下り過ぎて行き止まり、登り返して登山道をみつけました。
アブナイアブナイ。登山道に入るのはいつも難しい。
ヘッドライトも必要なくなり、橋を渡ると、水平歩道です。
なにやら、それらしい道になってきました。雑誌やテレビでよく見た風景です。

                                         
黒部ダム下でこの橋を渡ります水平歩道、ハジマリマス
人、見えますか

危険と言えば危険です。
危険箇所を列挙します。
①崖をくりぬき、危険箇所では丸太が組んであります。左側は番線またはロープが張ってあります。
右側は崖です。落ちると多分、死にます。
②崖をくりぬいてあるので、頭をぶつけます。私の場合、14回ぶつけ、酷いのは2回でした。ヘルメットしていてよかったです。
③晴れていましたが、滑りやすい。小スリップ14回、尻餅をついたり手をついたりすることはありませんでした。
④雪渓は、シャーベット状ではなく凍っていました。つるつる滑っていましたが、ロープが張ってあり助かりました。

阿曽原温泉やいろいろな方々の努力で、水平歩道があり、そして保たれ、丸太の橋、番線・ロープ、高巻の梯子、雪渓のロープなどがあり、見事に整備してあり、終始、感謝しながら歩きました。

                                         
黒部川、美しいsnow bridge
崩れた雪渓、梯子で高巻をのぼります
遠方に雪渓を歩く人
崩れた雪渓、自然の脅威
崩れた雪渓、丸太の橋と
水平歩道、感謝
崩れた雪渓、その下を流れる黒部川
美しい
                    
                    
ロープ、梯子を登り
雪渓の上に立ちます
雪渓は硬く凍っています
滑りやすく、ロープが頼り
人、歩いています
                    
                    
丸太の橋の水平歩道、注意丸太の橋、
気が抜けませんね
美しい、落ちてもいいかなあ素晴らしい
白雲峡白雲峡付近のへつり

下の廊下と言えば、十字峡です。楽しみにしていました。
一段、急坂を下りて写真を撮りました。もう一段、ロープが張ってあり岩場をさらに降りれるようにしてありましたが、脳がやめとけというのでやめました。
今、考えると、周囲には誰もいなかったので、落ちたら死体はあがらず、発見されないということでしょう。
迫力ありました。
しっかりとみることができました。感謝。
2年前に、十字峡の撮影のため、70-200㎜レンズ(パナソニック)購入し、今回、持ってきましたが、近くて必要ありませんでした。笑えます。
20分間程度、昼食をとり、休みました。

十字峡、感謝

吊橋を渡り、半月峡、S字峡を右手に眺め、束の間、水平歩道にお別れし、一寸長い吊橋を渡ります。
この吊橋は揺れて怖かった。

                    
S字峡水平歩道も一旦終了、
吊り橋、最高

林道を歩き、仙人ダムに到着しました。
ダムの建物、硫黄臭のする温度の高い狭いトンネルを標識に従って進みます。

                    
仙人ダム道の整備、
ありがとうございます

ひと登りして、水平歩道を歩くと13時前に阿曽原温泉に到着しました。
有名な大将がおられます。
「今日は多いぞ、受付したら、早めに温泉はいっとけ。予約はできんかったか。しょうがないな。今日は今年一番だ。予約の人も、布団1枚に2人だ。」
早速、お風呂に入りました。
阿曽原温泉、10分程度、独り占め。感動。

                    
阿曽原温泉小屋、Tシャツ売り切れ阿曽原温泉、来ました
阿曽原温泉、独り占めウーム!!
                    
秋色、阿曽原温泉
                    
阿曽原温泉の名物、カレー阿曽原温泉、テン場

夕食まで、秋景色を眺めながら、北方水滸伝(Ipad mini)など楽しみました。
夕食は有名なカレーです。美味しく2杯頂きました。
食堂では予約のとれなかった人たちのために布団が敷かれ、1枚の布団に2名です。
食堂に30人近くでしょうか。
驚いたことに20時を過ぎて到着する人がいました。
そういうことも多いそうです。今年の最高は21時半と仰っていました。
あまり眠れませんが、鼾をかく人は2名程度、歯ぎしりは1名程度で、大したことはありませんでした。
睡眠に対しては、いろいろな対策ができているので、全く眠れないというわけではありません。

10月9日 月曜日
3時30分起床。ザックは荷物室に置くようになっていたので、前夜に殆んど準備をすませました。
着替えて、食事とトイレを済ませて、4時7分出発。
昨日、歩いてわかってきたのですが、水平歩道を上流から歩いてきたので、下流の方が、少しずつ安全で歩きやすく変わっていきます。
今日は、大太鼓やらヘッドライトの必要なトンネルなどがポイントがいくつかあります。
歩き易かったので、サッサッと歩き、欅平には8時前に到着。 列車の始発は、8時53分だったので、周囲を少しぶらぶら歩き、売店も空いたので宇奈月ビールを買い祝杯。黒部の渓谷に列車は揺られ、秋空のもと、宇奈月ビール、美味しくいただきました。秋の山旅、感謝!!

                    
おまけ、水平歩道追加、水平歩道
大太鼓、遠景大太鼓、気持ちいい
                    
大太鼓、人が歩くとこんな感じです
基本形、左手を番線に沿わせ、ヘルメット
慎重に、楽しく歩く
下の廊下、感謝
乾杯!!
                    

秋の山旅、終了。

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大杉谷2017
2017/11/18

頭痛学会の帰りにちょっと山を歩きました。
大杉谷のトレッキングです。
学会出発前の気象庁の週間予報では、土曜日が雨、日曜日の天気は持ち直しますが、強い冬型になるという予報でした。
どうしよう。中止の2文字が頭を過ぎりました。
思い余って、10月下旬にやめたばかりのヤマテンに再入会しました。
金曜日のヤマテンの予報の結果で、行くかどうかを決めることにしました。
金曜日のヤマテンは、土曜日の朝までは雨、その後の天気の回復(晴れ)を告げています。
行きましょう。
しかし、週間予報で準備を進めて自宅を出たので、雨対策と寒さ対策に重きを置く装備に変更をしてきました。
通常の秋山装備に、傘を持つとか、登山の靴下の予備を用意するとか、冬用の帽子、薄手セーター、保温可能な水筒、夏と秋の各々1組の手袋は秋物を2組に変更、、、、などです。ヘルメットはおいてきました。あまり大した違いではありません。
移動時間が長いので、国取り物語1の文庫を購入しました。これは、これまで読んだ事はありません。
頭痛学会終了。頭痛治療にも、ようやく新たな息吹が芽生えたようです。
残念ながら、今の私にとっては、これらの新たな治療に関わる事はできません。
国取り物語に登場してきた○○のようなものです。
頭痛学会終了後、早速、近鉄電車に乗り、松阪へ移動しました。
松阪で一泊し、朝から三瀬谷に移動、そこから10時30分発のバス(予約制)で登山口まで移動します。

第1日
大杉谷は、日本三大渓谷の一つだそうです。
一つは、黒部の下の廊下、もう一つは新潟十日町にあるそうです。
登山口までのバスは20人乗りくらいでしょうか、補助席まで全て使用し、1時間30分の道のりで、昼12時に登山口に到着しました。

登山口で、靴紐を締め直し、スパッツを装着して、すぐに出発しました。
バレーボールの女子選手とNHKの女性アナウンサーが大杉谷を歩くNHKの番組をみていたので、大まかな要所はわかっています。
1日目の見所は、千尋滝とシシ淵です。
宮川は、エメラルドグリーン、美しい。
深秋の渓谷を歩きます。

シシ淵とニコニコ滝

交通の便がよければ、1日で歩き終わる距離ですが、止むを得ません。
ゆっくり楽しみましょう。

桃の木山の家に、15時前に着きました。3時間弱です。
桃の木山の家では、コーヒーサービスはなく、お湯のサービスも朝だけだそうです。
ドリップコーヒーやインスタントコーヒーは、持参していましたが、湯沸かしセットは持って来ませんでした。残念。
お風呂が、ありました。一度に入れるのは3人だけです。
順番待ちで入り、後にも沢山の列ができていました。
汗を流すことが出来たので可。
夕食はカツカレーときいていました。楽しみにしていました。
山小屋でカツと言えば、南アの百間洞山の家、剣沢小屋などが有名ですが、まだ、これらの山小屋にはお世話になったことはないので、食べたことはありません。
桃の木山の家のカツは、冷えきっており、ころもが変で、とても美味しいと言えたものではありません。
山小屋では贅沢というものでしょう。カレーは美味しかった。
500人くらい泊まれる素敵な山小屋を想像していました。
小屋の景観とか、1人に1枚の布団があり、満足すべきなのでしょうが、興醒めな部分も多々ありました。大きな山小屋ではよくあることです。
小さくて評判の悪かったりする山小屋が、私にとってはとても素敵な山小屋だったりします。
例えば、北アルプスの水晶小屋とかがいい例です。水晶小屋は、評判はあまりよくありませんが、私にはとてもよい小屋です。カレーがとってもおいしい。
野菜も一杯入っていました。心がこもっているというような味。
評判とかは、あまり鵜呑みにしない方がいいのかもしれません。

                    
桃の木山の家大杉谷 道

第2日
午前6時出発。
七ツ釜滝、崩落地、光滝、隠滝、堂倉滝を愛でました。
堂倉滝で、渓谷は終了です。
先月、下の廊下を歩き、阿曽原温泉に泊まったばかりです。
大杉谷が日本三大渓谷のヒトツと言われてもピンときません。
下の廊下と大杉谷を同じ土俵にあげるのは難しそうです。
大杉谷は、水の美しさ、滝の美しさは最高でした。

                    
七つ釜滝崩壊地
堂倉滝

堂倉滝からは、ひと登りすると、10時30分に日出ケ岳に到着です。
なにやら、カチッ、カチッと変な音がします。何の音でしょう。
日出ケ岳の頂が、白く見えます。
11月に桜?でしょうか、何かの白い花?でしょうか。岩? でしょうか。
音が少し、カシャッ、カシャッと変わり、最後はバシャッ、バシャッと変わりました。
登山道には白い花びらが、たくさん落ちています。
正体はこれです。
それは、なんと氷でした。氷が落ちる音だったのです。
まるで、桜の花びらのよう。地面に落ちてもすぐにはとけません。落ちる音は最初は硬めの音でしたが、とけて落ちる氷も増えて、音も変わったのでしょう。
霧氷です。

                    
霧氷①霧氷② 桜のよう
                    
霧氷③霧氷④
                    
霧氷と大峯奥駈霧氷と釈迦ヶ岳

今年、最後の山旅を、最高の霧氷が祝ってくれました。
日出ヶ岳からは、大峯奥駈の山々がみえました。来年は、大峯奥駈を歩き尽くしたい。
眼を凝らすと、冨士山がみえました。日出ヶ岳は冨士山がみえる一番遠い場所だそうです。

                    
方向は冨士山拡大、山容は冨士山
横にしてみました。しつこいようですが霧氷。
右から、山上ヶ岳、弥山、八経ヶ岳、釈迦ヶ岳
大峯奥駈の北半分、素晴らしい

ここまで安全に登れたことを感謝します。
さてさて、来年は何処の山旅に行きましょう。
秋の山旅、もう一つ、終了。

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