痴呆を考える

記憶と健忘
2021/02/02

                   

記憶

                    

記憶の過程には、記銘(registration)・保持(retension)・想起(recall)の過程があります。
記憶の忘却は、これらの3過程のいずれに障害があっても出現します。
想起には、再生(recollection)と再認(familiarity)の2種類があり、再生は、過去の経験をそのまま生成させるもので、再認は提示された刺激が既知のものかを判断させるものです。
再生は海馬体が関与し、再認は周嗅皮質が関与しているとされています。 記憶には、短期記憶と長期記憶があります。
短期記憶は保持時間が約1分以内の記憶で、長期記憶は短期記憶よりも保持時間の長い記憶です。
臨床神経学領域では、即時記憶・近時記憶・遠隔記憶があります。
即時記憶は、刺激/出来事の記銘後すぐに想起させるものです。保持時間がほとんどなく、刺激を数秒程度把持してすぐに再生する機能で、数字の順唱などで検査できます。
即時機能は全般性注意などに関連する機能になります。
近時記憶は、即時記憶より保持時間の長い記憶で、記銘後、ある程度の時間(数分間から数日)が経過して想起させるものです。臨床の場面では、刺激提示後に数分で想起させます。
遠隔記憶は、近時記憶よりさらに保持時間の長い記憶です。保持時間の明確な定義はありません。臨床的には患者個人の生活史(旅行や冠婚葬祭)について尋ねることが多いようです。

短期記憶長期記憶
即時記憶近時記憶遠隔記憶
数秒程度数分~数日~年

記憶には、陳述記憶と非陳述記憶があります。
陳述記憶とは、イメージや言語として意識上に内容を想起でき、その内容を陳述できる記憶です。
陳述記憶は、さらにエピソード記憶と意味記憶に分類されます。
エピソード記憶は、個人が経験した出来事についての記憶で、昨日の夕食をどこで誰と食べたかなどの記憶に相当します。エピソード記憶は、付随情報とともに記憶されます。
意味記憶は、知識に相当します。意味記憶は、付随情報の記憶は消失します。
非陳述記憶は、意識上に内容を想起できない記憶で、言語などでその内容を陳述できない記憶です。
非陳述記憶には、手続き記憶、プライミング、連合学習、非連合学習などが含まれれます。
手続き記憶は、自転車に 乗れるようになるとか、上手く楽器の演奏ができるようになるという記憶です。

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健忘症候群

健忘症候群は、エピソード記憶の選択的障害をさします。意味記憶や手続き記憶には障害はみられません。
健忘症候群の特徴
①即時記憶の保存:数や単語の列を干渉をはさまずに復唱する能力は保たれます
②前向性健忘:健忘の発症以降に経験した新しい出来事に対する健忘をさします。記銘過程や想起過程の障害による生じます。
③逆向性健忘:健忘の発症以前に経験した出来事に対する健忘をさします。
保持されていた記憶痕跡の破壊や想起過程の障害により生じます。発症時点に近い経験ほど想起しにくく、遠い経験ほど想起しやすいという時間勾配が認められます。
④知的能力の保存:知能検査は正常。
以下の症状を伴うことがあります。
⑤見当識障害:自分がいまいる時間、場所を定位する能力が障害されます
⑥作話:健忘に伴う、ウソをつこうとする意図がなく、表出される記憶内容の誤りをさします。
作話は、当惑作話と空想作話にわけられ、前者は記憶の欠損を埋める形式で出現し、後者は非現実的で空想的な内容で表出されます。

健忘症候群に関連する脳部位として、内側側頭葉(海馬体、海馬傍回)と間脳(視床背内側、視床前核、乳頭体)が知られています。
これ以外に前脳基底部、脳弓、脳梁膨大部後域などが知られています。
エピソード記憶に関わる内側側頭葉の構造は、内側側頭葉は、海馬体(海馬、歯状回、海馬台)と海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質)に分けられます。
海馬体は海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質)を介して連合野からの入力を受けます。
また、海馬体は、脳弓を介して前脳基底部の中隔核と対角体核からコリン作動性入力を受けます。
一方、海馬体からの出力は、海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質)を経由して連合野に投射する回路と、脳弓を介して乳頭体、中隔核に投射する回路があります。

健忘には、内側側頭葉性健忘、視床性健忘、前脳基底部健忘、一過性全健忘などがあります。

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側頭葉性健忘

この場合の側頭葉性とは、内側側頭葉、特に海馬体(海馬、歯状回、海馬台)と海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質)に関連した記憶とその障害をさします。
海馬体への入力は主に海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質からなる)からの投射と脳弓を介して前脳基底部からのコリン作動性投射を受けます。
一方、海馬体からの出力は、脳弓を介して乳頭体へ至るもの(Papez回路)と、海馬傍回(内嗅皮質、周嗅皮質、海馬傍皮質からなる)に戻るものとがあります。
海馬体と海馬傍回はエピソード記憶を支える神経基盤と考えられ、記憶の心理過程の中で重要な固定化を担っていると考えられています。
H.M.の症例:切除は、側頭極から側頭葉の内側面に沿って約8㎝の範囲で、鉤、扁桃体とともに両側の海馬および海馬傍回の前2/3を破壊したとの記載されています。
その後、MRIや剖検などにより、詳細な検討が行われ、海馬体の前方では、CA1-CA4全てが損傷され、後方では、約2㎝が保存されていたことが確認されました。
現在では、海馬体への入力を担う内嗅皮質が損傷され、残存する海馬体も機能できなかったと考えられているようです。
その後、いろいろな症例の蓄積により、海馬の単独損傷でも有意な記憶障害は生じますが、海馬傍回まで拡がると記憶障害はより重度なものとなると考えられています。
これらの検討により、現在は、側頭葉性健忘の症候は次のようにとらえられています。
①認知機能障害を伴わない陳述記憶、特にエピソード記憶の選択的障害
②前向性、逆向性の両方向性の健忘を生じ、見当識障害を伴いうる
③知能は保たれ、短期記憶も保たれる
④手続き記憶を含めた非陳述記憶は障害されない
⑤意味記憶については議論がある

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視床性健忘

一般的には視床性健忘は海馬損傷による健忘と類似した特徴を有すると考えられています。
1999年にAggletonは内側側頭葉と視床の間の神経連絡パターンにより、海馬-視床前核及び周嗅皮質-視床背内側核の2つの記憶回路モデルを提唱しました。
視床性健忘には、①間脳・視床病変による健忘としてコルサコフ症候群、②視床梗塞による健忘があげられます。

コルサコフ症候群:アルコール依存症の栄養摂取の問題によりビタミンB1欠乏で生じる急性脳症はウェルニッケ脳症と呼ばれています。この後に重篤な健忘を後遺症として残すことがしばしばあり、コルサコフ症候群として知られています。
コルサコフ症候群は複数の間脳が障害され、視床前核が責任病巣と考えられ、これ以外にも視床背内側核、乳頭体も関与しています。
以下に特徴を示します。
①前向性健忘
②逆向性健忘
③見当識障害
④作話
⑤病識の欠如
この他に前頭葉の機能障害があり、前頭葉機能検査(語流暢性検査、Wisconsin Card Sorting test)で成績低下がみられます。

視床梗塞:エピソード記憶に重要な視床構造は複数あります。
各々が、他の脳領域と連絡しており、病巣の位置や広がりにより、健忘の特徴や程度が異なってきます。
視床灰白隆起動脈領域の脳梗塞:視床灰白隆起動脈は、後交通動脈より分岐し、視床前核よりも乳頭体視床路(Papez回路)が責任病巣として考えられています。
しかし、Papez回路に加え、周嗅皮質-視床背内側核の記憶回路も破綻しているのではないかとする報告もあります。
傍正中動脈領域の脳梗塞:これはBasilar top syndromeの一部として知られ、視床背内側核が責任部位、すなわち、周嗅皮質-視床背内側核の記憶回路の破綻と考えられています。
意識障害、垂直性眼球運動障害、前頭葉機能障害などを併発します。
視床梗塞による健忘では、意識障害、意欲の低下、前頭葉機能障害を併発することが特徴です。 コルサコフ症候群では複数の視床構造が障害され、乳頭体にも障害が及びますが、視床梗塞は病変は比較的小さい限局します。

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前脳基底部健忘

①クリニカルニューロサイエンス: 前脳基底部は、間脳と大脳皮質の接合部にあり、前脳基底部にはコリン作動性ニューロンがあり、海馬や扁桃体に投射している。この健忘は、前頭葉眼窩皮質の損傷と関係している可能性が高い。

②船山道隆(高次脳機能研究31:301-310、2011): 前脳基底部健忘は、前向性健忘、逆向性健忘に加え、作話、注意障害、人格障害が出現する。
側頭葉内側部による健忘と比較すると、前脳基底部の健忘は、自発性作話や注意障害が特徴的である。
前脳基底部は、前交通動脈からの穿通枝(脳梁下枝)から血液供給される。
前脳基底部健忘における作話は、記憶の再生過程に問題があると考えられている。
1985年 Damasioらがあげた前脳基底部の特徴を示す。
1)個々の情報は学習できるが、それらを結びつけることができない(例えば人の名前と容貌など)。
2)学習した個々の刺激に時間的な印(time-tag)をつけることができない。
3)自由気ままに空想的に作話する。作話が夢と類似したり、想像した内容が混入することがある。
4)手がかりをあたえることにより、前向性健忘に効果があるが、逆向性健忘には効果がない。
前脳基底部には、コリン作動性ニューロンが存在する。Meynert基底核は広範な大脳皮質を賦活化し、注意機能に関わる。Broca対角体核と中隔核は側頭葉内側部へ連絡を持ち学習や記憶に関わる。
ドパミン系である側坐核は中脳の腹側被蓋野からの投射を受け報酬系の中枢である。側坐核は、嗜癖、報酬、罰の予測、強化学習、誘因動機つけ、欲望の発生など、記憶の固定化に関わるという考えもある。

③森俊子(脳卒中35:281-286、2013):前脳基底部の構造:いくつかの異なる神経構造の集合体で、前頭葉眼窩面・内側面のすぐ後方で、脳梁吻・淡蒼球の下方に位置する。
どの神経組織を含めるかは研究者によって異なるが、側坐核、中隔核、Broca対角体核、Meynert基底核と呼ばれる無名質がその主要な構成要素である。

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一過性全健忘(TGA)

一過性全健忘(TGA)へ移動します。

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認知症の失語症候学
2021/03/24

認知症の失語症候学

松田実先生の論文(言語障害を中核症状とする認知症の臨床 老年精神医学雑誌29:588-592と言語の機能解剖学を踏まえた認知症の失語症候学 dementia japan 34:164-179)を参考にしてまとめていきたいと思います。
①発話機能とその障害
0)発話意欲(発話衝動)の低下:補足運動や前補足運動野が重要な働き

1)発語失行 apraxia of speech(AOS):発話運動の障害
(構音の歪み、断綴性(音から音への渡りの悪さ)、プロソディの障害、努力性発話)
責任病巣:中心前回の中下部

2)失文法
助詞が消失し名詞の羅列になる電文体失文法が有名
ベッドサイドでは2つの物品を用いてAでBを触ってくださいといった命令に対する理解障害が認められる。
責任病巣:中心前回を含めたBroca野(左前頭葉外側面)

Broca失語とPNFA
発話障害が目立つ失語はCVDではBroca失語(MCA sup br)で、PPAではPNFAである。
Broca失語は、中心前回を含むので、失文法に加え発語失行AOSが必発で症候群としてまとまりが良い。
一方、PNFAは、発語失行AOSと失文法が見られ、非流暢性発話を形成する。発語失行AOSのみが強調される場合と失文法のみが前景に立つ場合がある。前者(PPAOS praimaryprogressive AOS)は進行するとPSPやCBDが明らかとなることが多い(つまりタウ病変)。

②言語入力処理とその障害
1)語音認知と語音の把持(言語性短期記憶)
音声は物理的な波に過ぎない、これを言語的な既知の音韻として同定することを語音認知という。語音認知の障害を語聾と呼ばれ、他に症状がない時、純粋語聾と呼ばれる。
言語性短期記憶とは言語音の連鎖(単語、句、文)を一時的に把持することで、復唱の際に働く記憶である。
語音認知と言語性短期記憶の責任病巣:上側頭回
語音認知:Heschl横回の外側にあたる上側頭回中部
言語性短期記憶:上側頭回中部から後半部(即ちWernicke野)
尚、純粋語聾は両側性病変が圧倒的に多い

2) 語義理解と意味記憶
Wernicke野が言語理解を営むという説は否定的である(Wernicke野の障害は理解障害でなく復唱障害と考えられている)。二重経路モデルでは、言語の意味処理はシルビウス裂より下方の腹側経路で行われると考えられおり、中下側頭回や角回を重視する意見が多いが、前頭葉外側面も単語理解にかかわるという意見もある。
PPAで、語義失語(語義理解障害)を示すのはSDで、責任病巣は左側頭葉前部である。
単語理解を担当:左側頭葉前部
Mesulamは、CVDでは左中側頭回病巣が語義理解に影響するのは側頭葉前部に至る皮質下線維が障害されると考えている。一方、側頭葉前部が関係しないという報告もある(Tsapkini)
文の理解は単語の理解よりも複雑な作業で、言語性短期記憶や文法能力の関与も必要であり、Wernicke野やBroca野の関与も考えられている。
SDでは語義理解だけではなく(語義失語)、対象の概念そのものである意味記憶も障害されることから、多様式の認知情報が側頭葉前部で集合するというsemantic hubが有名である。
言語の意味理解の神経基盤は、①中下側頭葉、②角回、③側頭葉前部、④前頭葉外側面などが挙げられている。
意味記憶については側頭極から前部紡錘状回さらには下部側頭葉がhubとして機能する可能性が重視されている。

Wernicke失語とSD
Wernicke失語もSDも言語理解を中核症状とするが、両者は症状も障害部位も全く異なる。
Wernicke失語はMCA inf trの脳梗塞により理解障害が出現するが、理解障害の原因は語音認知、短期記憶、語義理解、文の理解障害などの多くの要因が重複している。
一方、SDは、語義失語と呼ばれ、語に対する既知感すら失われる。SDは少し進行すると意味記憶障害が出現するが、Wernicke失語では意味記憶障害はない。
Wernicke失語に特徴的なことは、理解障害ではなく発話面における豊富な錯語、特に新造語である(山鳥)。

③言語入力を出力に変換する部位
復唱障害と音韻性錯語
復唱では言語性短期記憶が重要である。古典失語図式では、Broca野とWernicke野とを結びつける弓状束が重要と考えられていたが、現在ではシルビウス裂後端を囲む領域、即ち、上側頭回後縁と縁上回が重要と考えられている。この部位が障害されると言語性短期記憶障害とともに音韻性錯語が出現する。PPAにおいても復唱障害の責任病巣はWernicke野と考えられている。

伝導失語とLPA
伝導失語とLPAの類似性が指摘されているが、相違点も多い。
伝導失語は縁上回を中心とした限局性病変で出現する失語であり、その中核症状は表出面全般における修正行為を伴う音韻性錯語である。
LPAの症状は、文や句の復唱障害、喚語困難、音韻性錯語が挙げられているが、音韻性錯語は必発ではない。文や句の復唱障害は言語性短期記憶の障害の要因が大きく、短い単語の復唱障害はない。
LPAの障害部位はシルビウス裂周囲の後部領域であるが、左上側頭回が中心であれば、言語性短期記憶障害が、側頭葉後部から縁上回では音韻性錯語が加わる。いずれにしても復唱障害をきたす。

喚語障害
ほとんどの失語症は喚語障害を部分症状として持っている。
意味記憶に関わる領域、Braca野、Wernicke野、さらに補足運動野も喚語困難にかかわると考えられている。
一口に喚語といっても、会話の中での語彙の呼び出し、物品の呼称、カテゴリーや語頭音からのご列挙などさまざまな場合がある。

詳細は本文。書字・読字は空欄にしています。

次に大槻先生の論文(原発性進行性失語の分類と診断.Brain and nerve 72:611-621,2020)より表を作ってみます。

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